井伊直政とは?

いいなおまさ ゐいなほまさ 【井伊直政】 ○

(1561~1602) 安土桃山時代武将徳川家康重臣一人。もと遠江とおとうみ豪族で,今川氏家臣関ヶ原の功によって近江佐和山城主に封ぜられ一八万石を領した。

井伊直政

作者大栗丹後

収載図書戦国武将まんだら秘本三十人伝
出版社春陽堂書店
刊行年月1999.8
シリーズ名春陽文庫


井伊直政

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2016/12/01 03:06 UTC 版)

井伊 直政(いい なおまさ)は、安土桃山時代から江戸時代前期にかけての武将大名井伊氏第17代または24代当主[注釈 2]上野国高崎藩の初代藩主。後に近江国佐和山藩彦根藩)の初代藩主。




注釈

  1. ^ 天正16年(1588年)4月14日(旧暦)の後陽成天皇聚楽第行幸に先立ち、これに伺候する徳川家康の家臣・井伊直政、同・大沢基宥にも侍従職が任ぜられた[1]
  2. ^ 『寛永諸家系図伝』以来、江戸時代の井伊氏系図類では、初代・共保から17代目に直政をかぞえる。幕末に国学者・長野義言が作成した「訂正井家御系図案」で、南北朝期の人物ら7名を追加して、直政を24代とした。
  3. ^ 江戸時代中期、享保15年(1730年)に著された『井伊家伝記』では、次郎法師(井伊直虎)を直政の「養母」と表現するが、江戸時代には実子でない家督相続は養子関係を結んだことから、「養母」とは直政の前代の当主という意味と理解できる。実際には、直虎と直政の間に実母に代わる母子関係があったわけではない。
  4. ^ 直政の養祖母(直虎の母)
  5. ^ 小牧・長久手の戦いの後、京の人々が直政を赤鬼と名付けたという[3]
  6. ^ 直政が、豊臣政権の中の官位序列で徳川家臣筆頭の侍従を得た理由は、徳川家臣団の中で直政は親族・一門の扱いを受け、他の徳川家臣より上位の格式に位置づけられたためと考えられる。それは、もともと井伊は徳川と対等な家格で、築山殿を介して親族関係にあったためとされる。家康は、直政の交渉能力や出自を考えて、徳川家臣団の筆頭に位置づけた[7]
  7. ^ 7月7日付で家康から諸将宛に出されている軍法の第4条で抜け駆けは厳禁されており、そもそも合戦開始時においても、合戦後においても正則側から家康に対して何らの抗議めいた態度は示されておらず、直政の開戦時における行為は、かなり抑制されたものであって、正則の名誉を傷つけないように配慮されたものと推測されている[8]
  8. ^ 直政自身は和平交渉が完全に終了する前に亡くなったので、その後の和平交渉の仲立ちの役目は本多正信に引き継がれた。
  9. ^ 従四位下に叙されたのは天正16年(1588年)4月とする文化2年(1805年)に時の彦根藩京都留守居役が禁裡御所御役方より得た旧記(古文書)が有る[10]
  10. ^ ちなみに、ここで伝えられる醤油は、味噌を作る際の「たまり」であるため、現在の醤油とは異なる。現在のような醤油が作られるようになったのは江戸時代になってからである。
  11. ^ 甲陽軍鑑』には「万千代(直政)、近年家康の御座を直す」とあり、「御座を直す」は、主君の伽(とぎ)のお相手をする隠語である。
  12. ^ 近藤秀用は出奔後、家康からは10年間許されず、その旗本復帰も徳川秀忠や池田輝政のとりなしによる。

出典

  1. ^ 徳川実紀 巻三』67-68頁、「聚楽第行幸記」(『続群書類従 第三輯・巻第四十一』608頁
  2. ^ a b c 村川
  3. ^ 『新編 藩翰譜 第一巻』458頁
  4. ^ 彦根城博物館所蔵「彦根藩古文書」。村川
  5. ^ 彦根城博物館所蔵「彦根藩古文書」。ただし、後世の写しであり、正確性に欠く。
  6. ^ 桐野作人「徳川四天王・井伊直政」『さくま人国誌』。
  7. ^ 「徳川家康の家中序列構想―徳川一門衆としての井伊直政―」(「彦根城博物館だより」111、2015年)
  8. ^ a b 笠谷和比古『関ヶ原合戦と近世の国制』(思文閣出版、2000年)69頁-73頁
  9. ^ 野田。典拠史料は「井伊直政書状写」(『鈴木文書』(東京大学史料編纂所所蔵影写本))
  10. ^ 井伊達夫『井伊軍志(新装版)』(宮帯出版社、2007年)107頁
  11. ^ 湯浅常山 原著・湯浅元禎 編 『常山紀談』〈日本名著文庫〉、聚栄堂、1921年、国会図書館東京本館蔵、請求番号:YD5-H特103-89
  12. ^ なかむら, p. 126.
  13. ^ なかむら, p. 122.
  14. ^ 小宮山敏和「井伊直政家臣団の形成と徳川家中での地位」(初出:『学習院史学』40号(2002年)/所収:小宮山『譜代大名の創出と幕藩体制』(吉川弘文館、2015年) ISBN 978-4-642-03468-5)なお、小宮山は別の論文で榊原氏庶流の出身であった榊原康政にも類似性を見出している。
  15. ^ 『藩翰譜 第一巻』466頁。







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