いちやなぎ‐とし【一柳慧】
一柳 慧
チェロ奏者の父とピアノ教師の母の一人っ子として、神戸に生まれる。中学より平尾貴四男、池内友次郎に作曲を、原智恵子にピアノを師事。高校生の時、日本音楽コンクール作曲部門にて2度の優勝を果たし、注目を浴びる。19歳で渡米。ニューヨークのジュリアード音楽院にてパーシケッティに師事、クーセヴィツキー賞他受賞する。またこの時期に、アメリカ実験音楽の代表的作曲家ジョン・ケージと邂逅。その思想に決定的な影響を受ける。28歳で帰国後は、偶然性や図形楽譜による最先端の音楽を紹介。様々な分野に強い影響を与えた。その後、反復音楽や日本の伝統音楽等にも影響を受けた後、30代後半頃から「音楽の空間性」に着目した独自の作曲思想を展開。通常の五線記譜法にてオペラ、交響曲、室内楽、邦楽等、多岐に渡る作品を発表している。現在、(財)神奈川芸術文化財団、および古代復元楽器を中心としたアンサンブル「千年の響き」芸術監督。これまでに尾高賞4回、フランス文化勲章、毎日芸術賞、京都音楽大賞、サントリー音楽賞、紫綬褒章、旭日小綬章など受賞多数。
一柳慧
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一柳 慧(いちやなぎ とし、1933年2月4日 - 2022年10月7日)は、日本の作曲家、ピアニスト。兵庫県神戸市生まれ[1]。オノ・ヨーコの元夫である。
- ^ a b c “一柳慧オーラル・ヒストリー | 京都市立芸大芸術資源研究センター”. 2022年1月17日閲覧。
- ^ “一柳慧氏(校友)が文化勲章を受章 | 青山学院”. 青山学院 - Aoyama Gakuin (2018年10月29日). 2022年1月17日閲覧。
- ^ a b “一柳慧 - CDJournal”. artist.cdjournal.com. 2022年1月17日閲覧。
- ^ a b “一柳慧 | TOKYO CONCERTS”. www.tokyo-concerts.co.jp. 2022年1月17日閲覧。
- ^ “平成17年春の叙勲 旭日小綬章等受章者 東京都” (PDF). 内閣府. p. 1 (2005年4月29日). 2005年5月23日時点のオリジナルよりアーカイブ。2023年5月25日閲覧。
- ^ “文化勲章に作曲家の一柳慧さんなど5人 文化功労者に20人”. NHK. (2018年10月26日) アーカイブ 2018年10月26日 - ウェイバックマシン
- ^ “作曲家の一柳慧さん死去 前衛芸術の旗手 ジョン・ケージらとも交流”. 朝日新聞社. (2022年10月8日) 2022年10月9日閲覧。
- ^ 「一柳慧さん死去、89歳 作曲家、前衛音楽の旗手」『時事ドットコムニュース』、2022年10月8日。2022年11月16日閲覧。
- ^ 『官報』第857号、令和4年11月14日
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