ヒルズポイント
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2018/03/31 03:21 UTC 版)
「サフォークの包囲戦」の記事における「ヒルズポイント」の解説
ノーフリート・ハウス砲台が沈黙すると、川沿いで次の大きな障害は旧フーガー砦に近いヒルズポイントに構築された砲台であり、ナンスモンド川の西支流が本流に合流する所にあった。ゲティの軍が川の対岸にスティーブンス砲台を構築した。ラムソンの水兵が4月17日早朝にヒルズポイントに対して夜襲を掛けたが、南軍哨兵隊に撃退された。ハザード・スティーブンス大尉(アイザック・スティーブンス将軍の息子)がゲティの参謀におり、南軍砲台に夜襲を掛けても失敗すると言っていた。ヒルズポイントの南軍にはロバート・ストリブリング大尉の下に59名の砲兵が5門の大砲を操作していた。デイビッド・ボーズマン大尉が歩兵2個中隊を指揮してこれを支援していた。スティーブンスとゲティは川の対岸にある木陰から南軍の砲台を観察した後、攻撃の時刻を午後6時に決めた。これは攻撃するには十分な日の光があるが、反撃するにはもう暗くなってしまう時刻だった。 4月19日朝、ラムソン、クッシング、およびゲティが全てヒルズポイントに向けて砲撃を開始した。午後5時、ゲティは270名の古参兵を集め、ラムソンのステッピング・ストーンズに乗船させ、歩兵を隠すために帆布で覆った。ゲティが自ら部隊を率い、ラムソンが海軍と砲兵隊を指揮した。この作戦は、砲艦がまず下流に向かい(南軍に砦の下を通り過ぎようとしていると思わせるつもりだった)、砦の直ぐ上流で歩兵を上陸させ、砦の側面と背面に殺到させるというものだった。 この作戦は円滑に進行した。上陸地点から300ヤード (270 m) になって、帆布が取り去られ、歩兵が現れた。残り30フィート (9 m) まで来て、ステッピング・ストーンズが川中の見えていなかった障害物に座礁して停まった。北軍の歩兵は露出した甲板に立っており、川岸とを隔てる30フィートはその水深が分かっていないままだった。北軍にとって幸運だったのは、南軍のボーズマン隊がその配置に居なかったことだった(早くから続いた北軍の砲撃を逃れていた可能性が強い)。スティーブンス大尉が手本を示すために兵士を押し分けて水中に飛び降り、歩いて岸に上がった。この手本を見た兵士100名が、ライフル銃を頭上にかざして濡れないようにしながら続いた。一方ラムソンは冷静であり、砲艦を操作して岸に近づけ、残っていた歩兵が榴弾砲を陸揚げできるようにした。スティーブンスと最初の100名の歩兵は銃剣を装着し、砦側面に殺到した。その他の歩兵は砦背面に回った。ストリブリング隊が砲台の大砲を攻撃部隊に向けている間に、ボーズマンの歩兵隊が現れた。ゲティの歩兵隊は1発の銃弾も放たないうちに砦に到達した。ヒルズポイントの全守備隊が、北軍歩兵隊が上陸してから10分間以内に降伏した。攻撃隊が発砲しなかったので、南軍には負傷者も戦死者も出なかったが、130名全員が捕虜になった。ゲティの隊は3名が戦死し、10名が負傷した。ラムソンの隊には損失が無かったが、クッシングの隊は朝の砲撃戦で3名が戦死し、1名が負傷した。この砲台には、ストーンウォール・ジャクソンが前年のハーパーズ・フェリーの戦いで捕獲した大砲が置かれていた。 ゲティは素早く動いて、予想される反撃に対してその陣地を強化させた。ラムソンが榴弾砲を砲台に上げさせ、クッシングが時折、周辺の森の中に砲弾を撃ち込ませて南軍兵が近寄れないようにしていた。その夜遅く、南軍のジョン・K・コナリー大佐が経験の足りないノースカロライナ兵を連れてきた。コナリーは前進を続けさせて、闇の中で見えない敵を攻撃させることに注意してから、兵士を伏せさせた。コナリーの兵士の中に心配性の者がいて、発砲したために暗闇の中でその居場所を知らせることになった。ゲティが正確な銃撃を返した。一方このとき南軍のイベンダー・ローが到着して、コナリーに撤退を命じた。ロングストリートの第3師団長であるサミュエル・G・フレンチ少将が到着し、それ以上ゲティ隊に攻撃を行わないように判断した。ゲティは北軍が敵の領域内である川向うの孤立した陣地に留まるのは愚かなことだと考えていた。コナリー隊はこの戦闘で11名が負傷し、1名が不明となった。 翌日、フッド将軍が偵察を行ったが、ゲティは動かずにその陣地を改良し、強化していた。ダットン大佐がサフォーク守備隊から呼ばれて、このとき1,000名が駐屯していたヒルズポイントの指揮官となった。4月21日、ゲティは長く検討した後にヒルズポイントを放棄することに決めた。南軍はその陣地を再占領したが、もはや脅威にはならなかった。
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