ターリバーンによる破壊とは? わかりやすく解説

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ターリバーンによる破壊

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/10/26 13:39 UTC 版)

バーミヤン渓谷の文化的景観と古代遺跡群」の記事における「ターリバーンによる破壊」の解説

1979年ソビエト連邦によるアフガニスタン侵攻以後は、アフガニスタンへ外国人立ち入り難しくなり、外国学術機関による調査および保存事業中断した1980年代以降発生した内戦においてバーミヤーン市はハザーラ人勢力拠点となり、90年代には内戦激化にともない遺跡周囲にも多く地雷埋設されるなど状況悪化し遺跡破壊憂慮されていた。 バーミヤーンターリバーンによって1998年占領された。ターリバーン政権アフガニスタン大部分平定したことにより内戦終結期待されたが、その一方でターリバーンイスラム教戒律の下にパシュトゥーン人の古い慣習国民強制し人権侵害との非難を受け、アメリカ合衆国対す国際テロ指導者みなされていたウサーマ・ビン・ラーディン庇護するなど国際社会において孤立しつつあった。 2001年2月26日ターリバーンイスラム偶像崇拝禁止規定反しているとしてバーミヤン大仏磨崖仏)を破壊する宣言したこの声明に対して世界中政府及び国際機関加え諸外国イスラム指導者たちから批判寄せられた。国際連合総会は、全会一致破壊中止する決議A/RES/55/243を採択したターリバーン高官だったアブドゥル・サラム・ザイーフによると、中国スリランカ日本代表団破壊中止求めて訪れており、特に日本国政府積極的かつ具体的で大仏国外へ移転視認できないように隠すことを提案していたとされる。しかしターリバーンはこれら国際社会や他のイスラム世界からの批判無視し3月2日に2体の大仏破壊始めた破壊様子映像撮影されており、撮影もしくは他の人物が「アッラーフ・アクバル」と唱えている中で爆破され大仏映像は、世界中配信された。 2012年5月16日ターリバーン政権勧善懲悪省のカラムディン元長官は単独記者会見行い、この破壊について「大仏破壊正し決断ではなかったと今だから言える」「当時政権幹部望んでいなかったが、外国から来た兵士たち政権より力を持っており、彼らが決めた」と述べたターリバーン文化財保護対す意識欠如強く批判される一方で内戦中に多く餓死者が出ていたアフガニスタンに対して国際社会が無関心であったことを批判する者もいる。イランの映画監督であるモフセン・マフマルバフ作品アフガニスタンの仏像は破壊されたのではない恥辱のあまり崩れ落ちたのだ』においてマフマルバフは、100万人の餓死者よりも、一つ仏像破壊が、世界注目されたことへの苛立ち表明している。 私は、ヘラートの町の外れで、2万人もの男女子供が、飢え死んでいくのを目の当たりにした。彼らはもはや歩く気力もなく、皆が地面倒れて、ただ死を待つだけだった。この大量死原因は、アフガニスタン最近旱魃である。同じ日に、国連難民高等弁務官ある日本人女性緒方貞子)もこの2万人のもとを訪れ世界は彼らの為に手を尽くすと約束した。3ヵ月後、この女性がアフガニスタン餓死直面している人々の数は、100万人だと言うのを私は聞いた。 ついに私は、仏像は、誰が破壊したでもないという結論達した仏像は、恥辱為に崩れ落ちたのだ。アフガニスタン虐げられた人々対し世界ここまで関心であることを恥じ、自らの偉大さなど何の足しにもならない知って砕けたのだ。 — モフセン・マフマルバフ またターリバーン強硬な姿勢をとった背景として、ムハンマド・オマルなどターリバーン指導者に対して庇護にあったウサーマ・ビンラーディン影響力強まったことが原因であるとも指摘されている。

※この「ターリバーンによる破壊」の解説は、「バーミヤン渓谷の文化的景観と古代遺跡群」の解説の一部です。
「ターリバーンによる破壊」を含む「バーミヤン渓谷の文化的景観と古代遺跡群」の記事については、「バーミヤン渓谷の文化的景観と古代遺跡群」の概要を参照ください。

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