食養会
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食養会(しょくようかい)とは、石塚左玄が提唱した玄米を基本とした「食養」を普及・実践する団体である。左玄の食養を実践する団体としては「帝国食育会」という団体が先にあったが[1]、食養会は会長に石塚左玄を迎えて1907年(明治40年)に創設された。設立は、内務省の意向でもあった[2]。食事療法や書籍の刊行、会の趣旨に適う健康食品の販売などを通じて、食事で健康を養うための理論を展開した。
- ^ 菟道春千代『食パン亡国論』 食養新聞社、1906年(明治39年)、広告欄。
- ^ a b 「食生活」が創刊100年 (YOMIURI ONLINE)(読売新聞、2006年2月27日)
- ^ a b 食養の生涯, p. 3.
- ^ a b c d e f 食養の生涯, pp. 43–47.
- ^ 石塚左玄、橋本政憲・現代語訳『食医石塚左玄の食べもの健康法-自然食養の原典「食物養生法」現代語訳』、農文協、2004年。ISBN 978-4540033360。102頁。
- ^ 田中聡 『怪物科学者の時代』晶文社、1998年、161頁。ISBN 4794963467。
- ^ a b c d e 佐藤信「明治期の食育運動:『食養新聞』と帝国食育会」『北海学園大学経済論集』第57巻第3号、2009年12月、 87-96頁、 NAID 110007648073。
- ^ a b c d 食養の生涯, p. 49.
- ^ 食養の生涯, p. 52.
- ^ 食養の生涯, pp. 2, 12.
- ^ a b 食養の生涯, p. 350.
- ^ 食養の生涯, pp. 17–19.
- ^ 桜沢如一 『アルバムジョージオーサワ―桜沢如一資料集』日本CI協会、n.d.、11頁 。
- ^ 食養の生涯, p. 53.
- ^ a b 食養の生涯, p. 2.
- ^ a b 『アルバムジョージオーサワ』 日本CI協会、11頁。
- ^ 田中聡 『怪物科学者の時代』 晶文社、1998年3月。ISBN 978-4794963468。183頁。
- ^ 桜沢如一 『世界無銭武者旅行―第一期五ケ年の報告 東洋思想と西洋思想の対決』日本CI協会、1958年 。
- ^ 桜沢如一 『食養会のこと』奥井金治郎、1941年 。
- ^ 久司道夫『久司道夫のマクロビオティック 入門編』東洋経済新報社、2004年、ISBN 978-4492042106
- ^ a b c 食養の生涯, pp. 19, 23–26.
- ^ a b 食養の生涯, p. 351.
- ^ 『新食養』1号(通巻95号)、6頁。
- ^ 食養の生涯, p. 51.
- ^ 山岸晟 「国民食協会の新発足に際して」『食養』 37(4)、4-5頁。
- ^ 「わたくしたちの菜食主義」『平塚らいてう評論集』岩波文庫
- ^ a b “月刊「食生活」Facebook”. 2017年5月15日閲覧。
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