裁判官訴追委員会 裁判官訴追委員会の概要

裁判官訴追委員会

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/08/29 16:21 UTC 版)

訴追される裁判官

すべての裁判官は、その良心に従い独立してその職権を行い、この憲法及び法律にのみ拘束される(日本国憲法第76条第3項)。また、裁判官は、裁判により、心身の故障のために職務を執ることができないと決定された場合を除いては、公の弾劾によらなければ罷免されない(日本国憲法第78条)。

これを受けて、裁判官弾劾法第2条の規定により、

  1. 職務上の義務に著しく違反し、又は職務を甚だしく怠ったとき
  2. その他職務の内外を問わず、裁判官としての威信を著しく失うべき非行があったとき

には、裁判官弾劾裁判所に訴追することができるとされている。ただし、訴追することができる期間(訴追期間)は原則として訴追すべき事由があった時から3年以内とされる(裁判官弾劾法第12条)。

沿革

大日本帝国憲法下では、判事懲戒法(明治23年法律第68号)に基づいて検察官が裁判官を訴追し、大審院及び各控訴院に設けられた各懲戒裁判所が罷免の処分を含む懲戒処分を付す形式で、いわゆる法曹自治によって事実上の弾劾が行われていた。また、これら懲戒処分の判決文は官報に公開されていた。

日本国憲法下においては、裁判所法(昭和22年法律第59号)及び裁判官弾劾法(昭和22年法律第137号)により、一部の国会議員で構成される訴追委員会が訴追し、国会の弾劾裁判所が弾劾を行う形式に移行した。判事懲戒法による制度とは異なり、後述のとおり、裁判官訴追委員会が実際に裁判官を訴追することは極めて稀となっており、また裁判官がした誤審判決や訴訟指揮の誤りは訴追の対象外となっている。また、裁判官を退官した者は訴追対象とならないため、裁判官の身分を失った者に対する弾劾手続のあり方は弾劾法の制定時から議論されている[2]

訴追の請求

訴追の請求については、何人も、裁判官について弾劾による罷免の事由があると思料するときは、訴追委員会に対し、罷免の訴追をすべきことを書面により求めることができるとされており、その証拠については要しないとされている(裁判官弾劾法第15条第1項、第4項)。

ただし、裁判官訴追委員会の運用として、公務員の罷免権を国民固有のものと定めた憲法15条1項に照らし、請求権者を自然人たる日本国民としている。法人や団体からの訴追請求は認められず、これらの代表者個人名義での訴追請求として扱ってよいか確認が行われている。外国人の請求権も認めていないが、外国人からの申立てがあった場合には、必要があると認める時に職権で立件するという取扱いがなされている[3]

また、高等裁判所長官はその勤務する裁判所及びその管轄区域内の下級裁判所の裁判官について、地方裁判所の所長はその勤務する裁判所及びその管轄区域内の簡易裁判所の裁判官について、家庭裁判所の所長はその勤務する裁判所の裁判官について、弾劾による罷免の事由があると思料するときは、最高裁判所に対し、その旨を報告しなければならない。最高裁判所は、裁判官について、弾劾による罷免の事由があると思料するときは、裁判官訴追委員会に対し罷免の訴追をすべきことを求めなければならないとされている(裁判官弾劾法第15条第2項、第3項)。

その他、訴追の請求から弾劾裁判に至るまでの具体的な手続については、裁判官弾劾裁判所の項目を参照のこと。

議論されていること

訴追件数の少なさ

裁判官訴追委員会の統計[4]によると、1948年に裁判官訴追委員会と裁判官弾劾裁判所が設立されてから2020年までに2万2319件の訴追請求があったにもかかわらず、実際に弾劾裁判が行われた事例はわずか9例のみである(裁判官弾劾裁判所の項目を参照)。特に、2020年までに受理された2万2319件の訴追請求のうち全体の半数以上に相当する50.7%は、冤罪などの不当判決を理由としているが、これを理由に弾劾裁判が行われた事例は1例もない。2020年までに受理された2万2319件の訴追請求のうち、判決の不当性も含めて全体の95.1%は裁判官の職務上の不当行為を理由としているが、裁判官の職務上の不当行為を理由に弾劾裁判が行われた事例は1955年と1981年のわずか2例のみである。

1997年には、当時の裁判官訴追委員会事務局長が「訴追は単なる敗訴の不満や不服を述べたものが大部分で、到底罷免事由にはならないもの」とコメントした[5]。また、裁判官訴追委員会は公式ホームページにおいて、「判決の内容など、裁判官の判断自体についての当否を他の国家機関が調査・判断することは、司法権独立の原則に抵触する恐れがあるので、原則として許されません。したがって、誤判は、通常、罷免の事由になりません。」と表明し、日本において冤罪などの不当判決を下した裁判官を罷免する方法は皆無であることを公式に認めている。

このような裁判所訴追委員会と裁判官弾劾裁判所の制度について、2011年10月20日、民主党衆議院議員の松野頼久は「形骸化している。長期間服役した人の冤罪が分かった時に、(有罪)判決を下した裁判官に何らかのことを考えるべきではないか」と問題提起した。この問題提起については「裁判官に対する圧力だと受け取られても仕方ない発言」とする批判が上がったが、松野本人は「形骸化した制度を検討すべきだという意味で、裁判官の判断を萎縮させるつもりはない」と説明した。

報告の不足

訴追委員会がした訴追の一部については、裁判官弾劾裁判所が発行する「弾劾裁判所報」に報告されているが、同報告書は、2011年を最後に発行されていないままの状態であり、その結果、同委員会がした業務に関する報告は、わずかに処理件数のみとなっている。


注釈

  1. ^ 裁判官弾劾法が制定された当初は訴追委員は衆議院議員のみであったが、第21回国会における国会法改正により、参議院からも訴追委員を選挙することとされたため、その最初の訴追委員選挙を翌会期で行うこととした。(昭和30年法律第3号附則第3項による裁判官弾劾法改正)

出典

  1. ^ 衆憲資第88号 裁判官弾劾裁判所及び裁判官訴追委員会に関する資料”. 衆議院憲法審査会事務局. 2020年8月23日閲覧。
  2. ^ 渡辺哲『裁判官弾劾制度の抱える問題点について ー平成20年度の2件の非違行為を通してー』、弾劾裁判所報2011年版。裁判官弾劾裁判所。2011年。
  3. ^ よくある質問と回答 裁判官訴追委員会 2023年2月8日閲覧
  4. ^ 裁判官訴追委員会 各種資料、統計集
  5. ^ 『ジュリスト』1123号「裁判官弾劾制度の50年」
  6. ^ 訴追委委員長に新藤氏”. 朝日新聞 (2020年11月5日). 2023年7月10日閲覧。


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