浅丘ルリ子
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音楽作品
シングル
テイチクレコード
- 三人姉妹マンボ(1957年1月)- withペギー葉山、芦川いづみ、日活映画「踊る太陽 お転婆三人娘」主題歌
- 丘は花ざかり/東京は二人の町(1963年9月1日、NS-739)- 日活映画「丘は花ざかり」主題歌
- 夕陽の丘(1963年9月1日、NS-740)- 売上げ143万枚(テイチクによる)、デュエット:石原裕次郎
- 霧に消えた人(1963年12月1日、NS-755)- 日活映画「霧に消えた人」主題歌
- 別れのビギン(1964年1月5日、NS-765)
- 教えて教えて(1964年1月5日、NS-766)
- 伊豆の虹(1964年3月)- デュエット:浜田光夫
- 思い出は小雨に濡れて(1964年4月1日、SN-38)
- 東京さすらい歌(1964年7月10日、SN-81)- デュエット:石原裕次郎
- 明日も愛す/悲恋(1964年9月25日、SN-117)
- こぶしの花の咲く頃/悲恋(1965年1月15日、SN-117)
- 東京の灯/こぶしの花の咲く頃(1965年1月15日、SN-148)
- 姉弟/青空さんゴメンナサイ(1965年7月10日、SN-227)- デュエット:浜田光夫、日活映画「流れる雲」主題歌
- 湖畔の慕情/高原に散る花(1966年2月、SN-311)
- 山の湖(1966年4月10日、SN-326)- デュエット:石原裕次郎
- 島原地方の子守唄/北風子守唄(1966年6月10日、SN-365)
- 宇目の唄げんか/夕焼け馬子唄(1966年10月10日、SN-421)
- 流れる雲/赤い涙(1968年3月10日、SN-625)- ナショナル・ゴールデン劇場「流れる雲」主題歌
- 水色の季節(1968年8月、SN-684)- 日本テレビ系連続テレビドラマ「水色の季節」主題歌
- 心の裏窓/愛はひとすじ(1969年4月5日、SN-746)
- 愛の化石/お願い帰って(1969年8月5日、SN-796)- オリコンチャート最高位2位、日活映画「怪談 昇り龍」主題歌
- 悲しみは女だけに/美しき玩具(1969年、SN-910)- 日活映画「愛の化石」挿入歌
- 夜明けの子守唄/別離の詞(1970年2月、SN-920)
- 節子/白い涙(1970年、SN-953)
- 愛の終わり/いつわりの宴(SN-983)
- 地獄花(1971年1月)- 石原裕次郎はセリフとして参加
- さよならの季節/ひとりごと(1971年、SN-1050)
- されどわが愛は死なず/この世のがれて(1971年、SN-1145)
- 愛の化石(1971年、SN-1153)
- あなたを知る前には/さよならは愛の終止符(1971年10月、SN-1175)
- 朝の陽が赫い/好き(SN-1267)
- 霧の夜がこわいの/風とともに(SN-1303)
- 雲への階段/時のいたずら(1973年7月10日、SN-1326)
フィリップス
- 白い旅(1976年1月、FS-1862)- 真木悠子と
クラウン・徳間ミュージック
アルバム
- 歌うスター「ルリちゃんの愛唱歌謡」(1964年5月10日、NL-2102)
- 浅丘ルリ子のすべて 心の裏窓(1969年8月5日、SL-17)
- 浅丘ルリ子「愛を歌う」(1970年、SL-26)
- 霧の夜あなたと 浅丘ルリ子が創る紫詩歌の世界(SL-39)
- 浅丘ルリ子の民謡を訪ねて(CF-8)
- 浅丘ルリ子60’sレコーディング・マスターズ(2003年8月21日)
著書
- ^ a b c d e f g 別冊宝島2551『日本の女優 100人』p.58.
- ^ 日本タレント名鑑
- ^ a b c d e f g h i 俳優全集 1980, pp. 17–19.
- ^ a b c d e f 増當竜也 (2016年4月24日). “寅さんシリーズ最多4回マドンナを演じ続けた浅丘ルリ子”. cinemas PLUS (クラップス). オリジナルの2019年12月26日時点におけるアーカイブ。 2020年9月25日閲覧。
- ^ a b 以上は『近代映画』1970年3月号、近代映画社、134-141頁。
- ^ 『別冊太陽 美しく生きる 中原淳一 その美学と仕事』(平凡社、1999年)62頁
- ^ 『近代映画』(近代映画社、1970年3月号)134-141頁、『別冊太陽 美しく生きる 中原淳一 その美学と仕事』(平凡社、1999年)62頁。応募者の中には後にデビューする桑野みゆき、久保田紀子、山東昭子、滝瑛子、榊ひろみ、安田祥子、上原美佐もいた。『近代映画(近代映画社、1970年3月号)』134-141頁。
- ^ 『近代映画』(近代映画社、1970年3月号)134-141頁、『別冊太陽 美しく生きる 中原淳一 その美学と仕事(平凡社、1999年)』62頁、『TVステーション』(ダイヤモンド社、2019年9号)、参照。
- ^ 別冊太陽 美しく生きる 中原淳一 その美学と仕事』(平凡社、1999年)62頁。
- ^ 『別冊太陽 美しく生きる 中原淳一 その美学と仕事』(平凡社、1999年)62頁、『TVステーション』(ダイヤモンド社、2019年9号)
- ^ 『浅丘ルリ子が激白! 小林旭と事実婚&離婚の真相』 ZAKZAK 2010年11月12日
- ^ a b c d e f g h 朝日新聞人物データベース
- ^ a b c d 「特集 大人の演技で勝負したい! 曲がり角に来た6人の美男美女スター 悪女をやってみたい 浅丘ルリ子」『月刊平凡』1964年6月号、平凡出版、88頁。
- ^ a b 「勝負作にしたい『愛の渇き』 浅丘ルリ子11年目の意欲」『週刊明星』1965年2月28号、集英社、86-87頁。
- ^ a b 「《芸能》 この人 浅丘ルリ子 『精神的なハダカの役を』」『週刊読売』1966年10月18日号、読売新聞社、34頁。
- ^ 「SCREEN GUIDE 新春映画ガイド」『近代映画』1981年4月号、近代映画社、161頁。
- ^ https://www.allcinema.net/cinema/143329
- ^ 林真理子『RURIKO』
- ^ 『近代映画』1970年3月号、近代映画社、134-141頁。
- ^ “オールタイム・ベスト10 日本映画男優・女優”. KINENOTE. キネマ旬報社 (2014年12月). 2016年9月23日閲覧。
- ^ “小林旭&浅丘ルリ子 コンビ継続誓う”. デイリー (2013年6月28日). 2022年7月22日閲覧。
- ^ 浅丘ルリ子『私は女優』ISBN 978-4-532-16994-7、2016年7月、235p-236pでの近藤との対談での浅丘の発言
- ^ 淀川長治『サヨナラ先生の映画歳時記 上』2009年6月10日、近代映画社、64p-65p。
- ^ a b c d e 日外アソシエーツ現代人物情報
- ^ 読売人物データベース
- ^ “「寅さん、取りましたよ」浅丘ルリ子、芸能生活56年目で『旭日小綬章』受章”. オリコンランキング (2011年6月18日). 2016年10月14日閲覧。 “女優の浅丘ルリ子(70)が、文化・芸能で顕著な功績をあげた者に授与される勲章『旭日小綬章』を受章し16日、都内で記者会見を行った。1955年に日活映画『緑はるかに』で銀幕デビューした浅丘は、芸能生活56年の幅広い活動が認められての受章に「真面目にコツコツやってきたことが認められたのかな。大変うれしゅう思います」と感激の面持ち。また自ら“転機”だという映画『男はつらいよ』シリーズで共演した故・渥美清さんに向けても喜びを伝え、「寅さん、取りましたよ。と言いたい。寅さんに会いたいです」と思いの丈を口にした。”
- ^ 放送ライブラリー 番組ID:004453
- ^ ここの岸より - テレビドラマデータベース
- ^ “日活黄金コンビ復活! 小林旭&浅丘ルリ子“日本最年長”デュエット”. MSN産経ニュース (産経デジタル). (2014年7月2日). オリジナルの2014年7月2日時点におけるアーカイブ。
固有名詞の分類
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