水素
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名称
1783年、ラヴォアジエが「 音声、イドロジェーヌ(hydrogène)」と命名した[1]。ギリシア語の 「ὕδωρ=『水』」と 「γεννάν=『生む』『作り出す』」を合わせた語で、水を生むものを意味する[1]。英語では「
音声、ハイドロジェン(hydrogen)」という。
日本語の「水素」は、オランダ語「 音声、ワーテルストフ(waterstof)」の意訳である。宇田川榕菴が書いた『舎密開宗』で初めて用いられた。ドイツ語の「
音声、ヴァッサーシュトフ(Wasserstoff)」も同じ構成の複合語である。朝鮮語でも同じく水素(수소)と称する。
中国語ではその気体としての軽さから「軽」の旁を用いて「氫」(拼音: 音声)という字があてられている。
詳細は「元素の中国語名称」を参照
歴史
1671年に、ロバート・ボイルが鉄と希硝酸を反応させて生じる気体が可燃性であることを記録している[1]。1766年、ヘンリー・キャヴェンディッシュが水素を気体として分離し、発見した。
量子力学における役割
陽子1つと電子1つからなるシンプルな構造ゆえ、原子構造論の発展において水素原子は中心的な役割を果たしてきた。事実、量子力学の入門として、水素原子や水素様分子をまず取り扱う教科書がほとんどである。
分布
水素は宇宙でもっとも豊富に存在する元素であり、(ダークマターとダークエネルギーを除いた)宇宙の質量の4分の3を占め[4]、総量数比では全原子の90 %以上となる[5]。これらのほとんどは星間ガスや銀河間ガス、恒星あるいは木星型惑星の構成物として存在している。
水素原子は宇宙が誕生してから約38万年後[6]に初めて生成したとされている。それまでは陽子と電子がバラバラのプラズマ状態で光は宇宙空間を直進できなかったが、電子と陽子が結合することにより宇宙空間に散乱されずに進めるようになった。これを「宇宙の晴れ上がり」という。
宇宙における主系列星のエネルギー放射のほとんどはプラズマとなった4個の水素原子核がヘリウムへ核融合する反応によるもので、比較的軽い星では陽子-陽子連鎖反応、重い星ではCNOサイクルという過程を経てエネルギーを発生させている。水素原子はいずれの核融合反応においてもこれを起こす担い手である[7]。太陽の組成に占める水素の割合は約73 %[注 1]である[8][9]。
地球表面の元素数では酸素・珪素に次いで3番目に多いが[1]、水素は質量が小さいため、質量パーセントで表すクラーク数では9番目となる[要出典]。地球表面の元素数ではほとんどは海水の状態で存在し[1]、単体の水素分子状態では天然ガスの中にわずかに含まれる程度である[要出典]。海水における推定存在度は1 Lあたりに108 g、地球の地殻における推定存在度は1 kgあたり1.4 gであり[10]、乾燥大気における構成比は0.55ppmである[11]。宇宙空間に散逸する地球の大気は少ないが、それでも1秒あたり水素が3 kg、ヘリウムが50 gずつ放出されている。これは大気が薄く原子や分子の速度が減速されずに宇宙へ飛び出すジーンズエスケープや、イオン状態の荷電粒子が地球磁場に沿って脱出する現象がある。なお、加熱された粒子がまとまって流出するハイドロダイナミックエスケープや太陽風が持ち去るスパッタリングは現在の地球では起きていないが、地球誕生直後はこの作用によって水素が大量に散逸したと考えられる[12]。
固有磁場を持たない金星は、現在でもハイドロダイナミックエスケープやスパッタリングが続き、地表には比較的重いため残った酸素や炭素が作る二酸化炭素が大気のほとんどを占め、水がない非常に乾燥した状態にある。火星も軽い水素を中心に散逸し、かろうじて氷となった水が極部分の土中に残るにとどまる[12]。
同位体
質量数が2(原子核が陽子1つと中性子1つ)の重水素(2H)、質量数が3(原子核が陽子1つと中性子2つ)の三重水素(3H)等と区別して、質量数が1(原子核が陽子1つのみ)の普通の水素(1H)を軽水素とも呼ぶ。
天然の水素には、水素(軽水素、プロチウム)1H、重水素 2H (デュウテリウム、ジューテリウム[13]、略号D)、三重水素 3H (トリチウム、略号T)の3つの同位体が知られている[1]。このうち、もっとも軽い 1H は、1つの陽子と1つの電子のみによって構成されており、原子の中で中性子を持たない核種の1つである。存在が確認されている中でほかに中性子を持たない核種はリチウム3のみである。それぞれの同位体は質量の差が2倍、3倍となり、性質の違いも大きい。たとえばD2はH2よりも融点や沸点が高くなり、溶融潜熱は倍近くに、蒸気圧は10分の1近くとなる[14]。2013年現在、より重い同位体は水素4から水素7までが確認されている。もっとも重い水素7(原子核は陽子1、中性子6よりなる)はヘリウム8を軽水素に衝突させることで合成されている。質量数が4以上のものは寿命がきわめて短く、たとえば水素7では半減期が23 ys(= 2.3×10−23 s)ほどしかない[15]。
水素の同位体は、それぞれの特徴を有効に活かした使い方をされる。重水素は原子核反応での用途で、中性子の減速に使用され、化学や生物学では同位体効果の研究、医療では診断薬の追跡[13]に使用されている。また、三重水素は原子炉内で生成され、水素爆弾の反応物質や核融合燃料、放射性を利用したバイオテクノロジー分野でのトレーサーや発光塗料の励起源として使用されている。
注釈
出典
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