毎日放送千里丘放送センター 制作された番組とその後の状況

毎日放送千里丘放送センター

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/06/16 15:14 UTC 版)

制作された番組とその後の状況

アップダウンクイズ』・『がっちり買いまショウ』・『ヤングおー!おー!』・『突然ガバチョ!』といった名番組を生み出し、MBSの黄金時代を築いた場所だったが2001年4月に「MBSスタジオ in USJ」が完成、茶屋町への移転後も千里丘に残って放送していた『すてきな出逢い いい朝8時』や『痛快!明石家電視台』や『ドラマ30』など千里丘で制作されていた番組のほとんどがUSJに移転した。その後、当所はMBSのテレビ番組で使われたスタジオセットの倉庫として使われた。なお、2014年3月末にMBSスタジオ in USJは閉鎖され、その役目は同年4月に茶屋町本社本館(M館)北側に建設された新館(B館)に移設され、M館内のテレビスタジオもそれに対応する形で番組収録に使用する幅を広げるなど、MBSは大阪市内に分散していた番組制作を一括して茶屋町に集約した[7]

ラジオスタジオは茶屋町に移転後、ラジオドラマの収録などで使用された。労働組合の事務所など一部の部署はしばらくの間千里丘に残っていた。

閉鎖後

千里丘放送センター
(2008年3月1日撮影)
ミリカゴルフセンター
千里丘ミリカセンター
大阪緑風観光

晩年はラジオの収録や記録保存業務以外ではほとんど使用されず、一時はリニューアルされる計画もあったが、建物の老朽化に加えて年間の管理費高騰の問題もあり、2007年7月31日に閉鎖された。

閉鎖に先立ち、2007年4月から6月までの間『ありがとう浜村淳です』や『MBSヤングタウン』などが放送されたラジオスタジオを開放するなど、一連の記念イベントが開催されるとともに各種の特別番組が放送された。同年7月16日には、それらの集大成ともいわれる長時間の特別番組が放送された(MBS千里丘フェスティバル・ファイナルを参照)。なお、テレビ用の最後の収録は『ちちんぷいぷい』で放送された坂田藤十郎角淳一との対談(2007年4月9日放送)。満開の桜のもとで撮影された。

2007年1月9日に行われたMBS社長(当時)・山本雅弘の年頭会見で、千里丘放送センターの土地・約13ヘクタールが売却されたことを明らかにした。買い手は大京長谷工コーポレーション東京建物新日鉄都市開発など大手不動産会社5社の企業連合で、跡地には大規模なマンション「ミリカ・ヒルズ」が建設された。

届出によると「ミリカ・ヒルズ」の着工予定日は2011年4月(B街区・D街区)、2012年4月(A街区)、2013年4月(C街区)で、全街区の完成は2015年3月だった。建設予定地はA街区からD街区に分かれており、共同住宅と店舗、シニア向け住宅など全部で20棟が建設される予定。高さ45-65m、階数15階・20階の建物となる。

既に完成した街区には、MC企画傘下の千里ニュータウンFM放送(FM千里)が運営するサテライトスタジオ「ミリカラジオステーション」が設置され、同所で子供たちが番組制作に係わる「ミリカラジオクラブ」による番組が放送されていたが、「ミリカラジオクラブ」の活動終了後は共用のフリースペースとなっている。

千里丘放送センターは当初、2007年秋から取り壊される予定となっていたが事情により延期された。2008年3月1日時点では建物自体は現存していたが、2008年5月16日時点において建物はすべて解体されている。

用地売却後も、敷地内に所在するゴルフ練習場「ミリカゴルフセンター」(MBSのグループ企業「ミリカスポーツ振興」が運営)はそのまま残っていた。

一方、ミリカプール跡地には千里丘ミリカセンターが建設され、2008年2月6日にオープンした。事業区域面積8074m2、高さ9.40m、2階建てで、映像・音源のライブラリと事務所、倉庫、中継車庫が入っている。また茶屋町本社からラジオ放送の送出が万が一不能になった場合に備え、予備系として送出設備も設置され、2019年7月16日まで運用された。隣接するミリカゴルフセンターもこれに先立つ2019年6月30日に閉鎖となり、毎日放送は千里丘から完全撤退となった。

また、放送文化館のあった場所周辺にあたる吹田市千里丘1-4には、大阪緑風観光の車庫が2008年に建設されて運用されている。

ミリカの由来

過去に運用されていた「ミリカホール」「MBSミリカスポーツ」「ミリカ天然温泉 千里の湯」や「千里丘ミリカセンター」、現行の音楽出版社「ミリカ・ミュージック」などの名称に使用されているミリカ(Myrica)とはヤマモモのフランス語表記および学名で、千里丘放送センター建設予定地に生えていたヤマモモの老樹に由来している。

現在もミリカの名は現地で使われており、実際にスポーツ用品店にそばにある24時間駐車場に「吹田ミリカ」を使用中である。


  1. ^ TBS自体も、1971年頃に郊外へ本社を移転するという構想を持っていたことがあり、その際の移転先として現在の緑山スタジオ・シティの土地を取得していたが、東京の都心から遠いなどの理由でタレントやスタッフからの評判が芳しくなかったため、最終的には移転を断念し、パッケージ番組の収録用スタジオとして建設された。
  2. ^ 終了時の映像では、ミリカホールの内部も映し出されていた。
  3. ^ ラジオ系列は現在もJRNNRNのクロスネット体制のままである。
  4. ^ 千里丘北小学校が開校します吹田市役所総務部広報課)[リンク切れ]
  5. ^ 北港観光バスが運行を担当し、テレビ番組の公開録画の観覧者を放送センター―JR千里丘駅間で送迎していた。
  6. ^ なお、大阪市内で登録された車両はなにわナンバーになる(なお1983年までは大阪市も大阪ナンバーであった)。
  7. ^ なおMBS東京支社制作番組はレモンスタジオなど東京都内で収録されている。赤坂Bizタワー(TBS本社敷地内)にあるMBS東京支社には、生放送に対応するテレビ・ラジオのスタジオを設置している。






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