極圏航路
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/09/11 06:51 UTC 版)
運航上の注意
米連邦航空局では「Extended Operations (ETOPS and Polar Operations)」(2008年6月13日発行)[7]において、極圏飛行を行う際の留意点を挙げている。この手引きによると、防寒具2着、特別な通信機器の搭載、極圏飛行中の不時着用空港の指定、遭難した際の救助計画、燃料凍結防止用のモニター設置などが義務付けられている。[1]
ジェット燃料は氷点下40度から50度を下回ると凍り始める。一般の巡航高度でもこの程度まで気温は下がるが、燃料が離陸前の温度を保つので、航行に特段支障はない。一方、極圏飛行の場合、巡航高度での気温は更に低く、また航行自体も長丁場となるため、燃料が凝固点に達することがある。現在の長距離用の航空機には燃料が凝固点に達した際に警報がなる様になっている。この場合、高度を下げ、外気温の高い位置に降下するのが一般的だが、北極圏や南極圏では成層圏が低いため、高度が高い方が気温が高い場合もある。
極圏で墜落した場合には環境が厳しく救助に時間がかかることが想定されたため、旅客機にはサバイバルキットが搭載されていた[8]。特に北極ではホッキョクグマの襲撃に備えるため、銃器を搭載することがあった[8]。
外部リンク
- RACGAT website - archived in 2003
- ^ a b Polar Route Operations, Aero, 16, Boeing
- ^ For instance, Aviation Week 22 July 1957 p47 reports on "polar routes" from California to Europe granted to Pan Am and TWA.
- ^ ソ連の首都モスクワへの着陸・経由を行えば、西側諸国の航空会社もソ連上空を通過することはできたが、運航本数は限られていた。1972年に発生した日本航空のシェレメーチエヴォ墜落事故は、デンマークのコペンハーゲン空港から東京国際空港(羽田空港)へ向かう途中、モスクワのシェレメーチエヴォ国際空港に寄航して離陸した直後に発生した。また、ソ連との国交がない大韓民国(韓国)や中華民国(台湾)の航空会社はソ連領内への運航自体ができなかった。
- ^ この南回りルートではレバノンのベイルート国際空港(現在のラフィク・ハリリ国際空港)、タイのバンコクにあるドンムアン空港などが利用されたが、所要時間の長さや中東情勢の不安定さが嫌われて徐々に縮小された。
- ^ Study Finds Air Route Over North Pole Feasible for Flights to Asia, Matthew L. Wald, New York Times, 10-22-2000. Article retrieved 03-12-09. [1]
- ^ Over the Top: Flying the Polar Routes. Avionics Magazine, April 1, 2002. Retrieved 3-07-12. [2]
- ^ FAA AC 120-42B - Extended Operations (ETOPS and Polar Operations) [3]
- ^ a b 株式会社インプレス (2013年7月24日). “JAL、整備工場見学施設を「JAL工場見学 SKY MUSEUM」としてリニューアル” (日本語). Car Watch. 2022年9月11日閲覧。
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