新語偽作説
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/09/24 06:31 UTC 版)
思想と用語
『新語』にあらわれる陸賈の思想が、漢の初めにはなかったという指摘も多くある。しかしこの方向からの批判は、陸賈がそれだけ先進的な思想家だったという説明によって反駁される。
災異と讖緯
『新語』今本は、陰陽、災意の思想によって自然現象と人間の運命を説明する。明誡篇にある「悪政は悪気を生じ、悪気は災異を生ず」という考えである。人の行いに対して天が報いを下すという災異説は、前漢末、後漢初めに盛行した。『漢書』に、漢が興ってから陰陽と災異を言う者を列挙したところがあるが、その古い者は武帝時代の董仲舒と夏侯始昌である[25]。福井重雅は、讖緯思想の語が随所に見られることにも注目した。符瑞・禍殃(術事篇)、河図・洛書(慎微篇)、図籙(本行篇)、図暦(明誡篇)といった語は、前漢末には頻出するが、漢初には他に例を見ない[26]。
しかし、清代の学者唐晏は、これらを陸賈の頃に既に讖緯説が登場していた証拠と見て、偽作の証拠とはしなかった[27]。また齋木哲郎は。文帝2年(紀元前178年)の詔勅に、天が災いによって政治のあやまちを戒める、と述べた箇所を示し[28]、文帝の時代に既に災異説が広まっているのだから、それより少し前の時代に陸賈が説いても不思議ではないと述べた[29]。
五経の語
『新語』の中には、重要な経典を総称する「五経」という語が見える。経典を五つにまとめる用法は漢初には他に見られず、当時は「楽」を含めた六芸または六経として六つにまとめるのが通例であった[30]。孤立した用例として、高祖没後(前195年)約60年後の建元5年(紀元前136年)に置かれた五経博士があるが、これは後漢代に成立した『漢書』でのみ知られ、『史記』をはじめとする前漢中期までの文献には見えない。五経という言葉が通用するのは宣帝期(前74年 - 前48年)以降である[31]。以上の分析をもとに、福井重雅は、『新語』今本の成立年代は前漢末か後期初めがふさわしいと推測した[32]。
- ^ 固有の呼び名として「新語偽作説」が定着しているわけではない。
- ^ a b 福井重雅『陸賈「新語」の研究』6頁。
- ^ 齋木哲郎『秦漢儒教の研究』752頁。
- ^ a b c d 『四庫提要』子部一 儒家類一 「新語 二巻」、全國漢籍データベース。
- ^ 福井重雅『陸賈「新語」の研究』38 -39頁。
- ^ a b c d 金谷治「陸賈と婁敬」313 - 314頁。
- ^ 『漢書』芸文志第10。それぞれちくま学芸文庫版では第5巻524頁、536頁、554頁。
- ^ 福井重雅「陸賈『新語』の研究」、42 - 44頁。
- ^ 『漢書』芸文志第10。ちくま学芸文庫版第3巻562 - 563頁。
- ^ a b 福井重雅『陸賈「新語」の研究』、44 -46頁。
- ^ 福井重雅『陸賈「新語」の研究』11 -12頁。
- ^ 『漢書』司馬遷伝第32。ちくま文庫版『漢書』第5巻521頁。
- ^ a b 福井重雅『陸賈「新語」の研究』9頁。
- ^ 福井重雅『陸賈「新語」の研究』46 -47頁。
- ^ 福井重雅『陸賈「新語」の研究』、53頁。
- ^ 金谷治「陸賈と婁敬」329頁注2。
- ^ 齋木哲郎『秦漢儒教の研究』753 - 754頁。
- ^ 福井重雅『陸賈「新語」の研究』、6頁、58頁。
- ^ 福井重雅『陸賈「新語」の研究』、59頁。
- ^ 齋木哲郎『秦漢儒教の研究』193頁、757頁。
- ^ 金谷治「陸賈と婁敬」33頁。
- ^ 福井重雅『陸賈「新語」の研究』57頁。
- ^ 宮崎「陸賈『新語』の研究』、全集5巻359頁、380頁。。
- ^ 宮崎市定「陸賈『新語』の研究』、全集5巻341頁。
- ^ 『漢書』眭両夏侯京翼李伝。ちくま学芸文庫版第6巻445頁。
- ^ 福井重雅『陸賈「新語」の研究』、69 - 70頁。
- ^ 福井重雅『陸賈「新語」の研究』、70頁。
- ^ 『史記』孝文本紀第10。新釈漢文大系版第2巻642 - 643頁。
- ^ a b 齋木哲郎『秦漢儒教の研究』758頁。
- ^ 福井重雅『漢代儒教の史的研究』、131 - 147頁。
- ^ 福井重雅『漢代儒教の史的研究』、131 - 147頁。
- ^ 福井重雅『陸賈「新語」の研究』、77 - 78頁。
- ^ 福井重雅『陸賈「新語」の研究』、71 - 72頁。
- ^ 宮崎市定「陸賈『新語』の研究」、全集第5巻380頁。
- ^ 津田左右吉「易に関する一二の考察(上)」、105頁。PDFファイルの52頁。
- ^ 福井重雅『陸賈「新語」の研究』、67 - 69頁。
- ^ 宮崎市定「陸賈『新語』の研究」、全集第5巻379頁。
- ^ 福井重雅『陸賈「新語」の研究』、65 - 66頁。
- ^ 『史記』秦始皇本紀第6。新釈漢文大系版第1巻342 - 343頁。
- ^ 『史記』秦始皇本紀第6。新釈漢文大系版第1巻353 - 356頁。
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