新語偽作説 引用関係

新語偽作説

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/09/24 06:31 UTC 版)

引用関係

『史記』との関係

『漢書』司馬遷伝には「司馬遷は戦国策楚漢春秋、陸賈新語を取りて史記を作る」とある。失われた『楚漢春秋』についてはわからないが、『戦国策』と『史記』には93箇所も一致がある。ところが、『新語』今本と重なる箇所が『史記』には一つもない。よって、司馬遷が参照したのは今本ではない。今本は本来の『新語』が失われた後に書かれた偽物だろうとする[4]。『四庫全書総目提要』が唱えた説である。

ところが、中華民国時代の1930年に、「新語を取りて」という記述が実際には『漢書』にないことを胡適が論文「陸賈新語考」で指摘した[11]。実際、『漢書』司馬遷伝に戦国策と楚漢春秋は見えるが新語はない[12]。『提要』の批判は事実誤認にもとづいていた。

『論衡』との関係

後漢代の王充著『論衡』との関係についても『四庫全書総目提要』は似た問題を指摘した。後漢の儒者王充の『論衡』には、「陸賈いわく」として引用した文がある。それが今本には見当たらない[4]

この指摘に対しては、『論衡』は書名を書いていないのだから、陸賈が書いた別の著作からの引用だろう、という反論を厳可均が『鉄橋漫稿』で書いた[13]

もっとも、『論衡』と『新語』の関係は単純ではない。『論衡」は上も含めて4か所で『新語』に言及するが、そのほかに、新語といわず「伝にいわく」と前置きして、「堯舜の民は比肩して封ず可く・・・・」という文を引用する箇所がある。そしてこれとまったく同文が『新語』今本にある。王充がその箇所を『新語』ではない別の題名の本から引用し、かつその文章が『新語』今本と一致していたのであれば、後の時代に題名が取り替えられて『新語』になった、という話になる。しかし王充が『新語』原本を手元に置かず何かの文献から孫引きして書いた可能性もあるので、簡単には結論づけられない[14]

『春秋穀梁伝』との関係

『四庫全書総目提要』はまた、今本の道基篇の末尾に『春秋穀梁伝』からの引用があることも問題視した。穀梁伝は漢の武帝の時代に見いだされたもので、時代が合わないという[4]。『穀梁伝』の成立時期ははっきりしないが、春秋三伝の中でもっとも遅く、完成した本の形で知られるようになったのはさらに時代を下り宣帝の時とされている[15]

厳可均はこれについても、広く知られる以前に古い伝があったのは確かであり、陸賈が参照したのはその古い方なのだろう、と反駁した[13]。引用された箇所が現在の『穀梁伝』に見当たらないことも、異なる伝の存在を暗示させる[16]。『穀梁伝』は後発ではなく、戦国時代には成立していたと説く齋木哲郎は、『新語』による引用は不思議ではないと見る[17]


  1. ^ 固有の呼び名として「新語偽作説」が定着しているわけではない。
  2. ^ a b 福井重雅『陸賈「新語」の研究』6頁。
  3. ^ 齋木哲郎『秦漢儒教の研究』752頁。
  4. ^ a b c d 『四庫提要』子部一 儒家類一 「新語 二巻」、全國漢籍データベース。
  5. ^ 福井重雅『陸賈「新語」の研究』38 -39頁。
  6. ^ a b c d 金谷治「陸賈と婁敬」313 - 314頁。
  7. ^ 『漢書』芸文志第10。それぞれちくま学芸文庫版では第5巻524頁、536頁、554頁。
  8. ^ 福井重雅「陸賈『新語』の研究」、42 - 44頁。
  9. ^ 『漢書』芸文志第10。ちくま学芸文庫版第3巻562 - 563頁。
  10. ^ a b 福井重雅『陸賈「新語」の研究』、44 -46頁。
  11. ^ 福井重雅『陸賈「新語」の研究』11 -12頁。
  12. ^ 『漢書』司馬遷伝第32。ちくま文庫版『漢書』第5巻521頁。
  13. ^ a b 福井重雅『陸賈「新語」の研究』9頁。
  14. ^ 福井重雅『陸賈「新語」の研究』46 -47頁。
  15. ^ 福井重雅『陸賈「新語」の研究』、53頁。
  16. ^ 金谷治「陸賈と婁敬」329頁注2。
  17. ^ 齋木哲郎『秦漢儒教の研究』753 - 754頁。
  18. ^ 福井重雅『陸賈「新語」の研究』、6頁、58頁。
  19. ^ 福井重雅『陸賈「新語」の研究』、59頁。
  20. ^ 齋木哲郎『秦漢儒教の研究』193頁、757頁。
  21. ^ 金谷治「陸賈と婁敬」33頁。
  22. ^ 福井重雅『陸賈「新語」の研究』57頁。
  23. ^ 宮崎「陸賈『新語』の研究』、全集5巻359頁、380頁。。
  24. ^ 宮崎市定「陸賈『新語』の研究』、全集5巻341頁。
  25. ^ 『漢書』眭両夏侯京翼李伝。ちくま学芸文庫版第6巻445頁。
  26. ^ 福井重雅『陸賈「新語」の研究』、69 - 70頁。
  27. ^ 福井重雅『陸賈「新語」の研究』、70頁。
  28. ^ 『史記』孝文本紀第10。新釈漢文大系版第2巻642 - 643頁。
  29. ^ a b 齋木哲郎『秦漢儒教の研究』758頁。
  30. ^ 福井重雅『漢代儒教の史的研究』、131 - 147頁。
  31. ^ 福井重雅『漢代儒教の史的研究』、131 - 147頁。
  32. ^ 福井重雅『陸賈「新語」の研究』、77 - 78頁。
  33. ^ 福井重雅『陸賈「新語」の研究』、71 - 72頁。
  34. ^ 宮崎市定「陸賈『新語』の研究」、全集第5巻380頁。
  35. ^ 津田左右吉「易に関する一二の考察(上)」、105頁。PDFファイルの52頁。
  36. ^ 福井重雅『陸賈「新語」の研究』、67 - 69頁。
  37. ^ 宮崎市定「陸賈『新語』の研究」、全集第5巻379頁。
  38. ^ 福井重雅『陸賈「新語」の研究』、65 - 66頁。
  39. ^ 『史記』秦始皇本紀第6。新釈漢文大系版第1巻342 - 343頁。
  40. ^ 『史記』秦始皇本紀第6。新釈漢文大系版第1巻353 - 356頁。





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