広義固有ベクトル 広義固有ベクトルの概要

広義固有ベクトル

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/07/06 09:12 UTC 版)

Vn 次元ベクトル空間とする.φV から V への線型写像とする.A をある基底についての φ行列表示とする.

V の完全な基底をなす An 個の線型独立な固有ベクトルがいつも存在するとは限らない.つまり,行列 A対角化可能とは限らない[2][3].これは少なくとも1つの固有値 λi代数的重複度がその幾何学的重複度(行列 AλiI退化次数英語版,あるいはその零空間次元)よりも大きいときに起こる.この場合,λi不足固有値英語版と呼ばれ,A不足行列英語版と呼ばれる[4]

λi に対応する広義固有ベクトル xi は,行列 AλiI とあわせて,V不変部分空間の基底をなす線型独立な広義固有ベクトルのジョルダン鎖を生成する[5][6][7]

広義固有ベクトルを用いて,A の線型独立な固有ベクトルの集合を必要ならば V の完全な基底に拡張できる[8].この基底は A相似ジョルダン標準形にある「ほとんど対角な行列」J を決定するのに用いることができ,これは A のある行列関数英語版を計算するのに有用である[1].行列 JA が対角化可能とは限らないときに線形微分方程式系 x′ = Ax を解く際にも有用である[9][3]

概要と定義

(通常の)固有ベクトルを定義するいくつかの同値な方法がある[10][11][12][13][14][15][16][17]n × n 行列 A の固有値 λ の固有ベクトル x とは,(λIA)x = 0 なる零でないベクトルである,ただし In × n単位行列であり,0n 次元の零ベクトルである[12].つまり,x変換 AλIに属する.An 個の線型独立な固有ベクトルを持てば,A は対角行列 D に相似である.つまり,ある可逆行列 M が存在して,A は相似変換 D = M−1AM により対角化可能である[18][19].行列 DAスペクトル行列英語版と呼ばれる.行列 MAモード行列英語版 と呼ばれる[20].対角化可能な行列は,その行列関数が容易に計算できるなどの特長がある[21]

一方,n × n 行列 An 個の線型独立な固有ベクトルを持たないとき,A は対角化可能ではない[18][19]

定義
ベクトル xm が行列 A の固有値 λ に対応する階数 m の広義(あるいは一般固有ベクトル (: generalized eigenvector) であるとは,
を満たすが,
であることをいう[1]

明らかに,階数 1 の広義固有ベクトルは通常の固有ベクトルである[22].すべての n × n 行列 An 個の線型独立な広義固有ベクトルを持ち,ジョルダン標準形の「ほとんど対角」な行列 J に相似であることを示すことができる[23].つまり,可逆行列 M が存在して,J = M−1AM となる[24].このときの行列 MA広義モード行列英語版 と呼ばれる[25]λ が代数的重複度 μ の固有値ならば,Aλ に対応する μ 個の線型独立な広義固有ベクトルを持つ[8].これらの結果は,A のある種の行列関数を簡易に計算する際に有用となる[26]

与えられた λ に対するすべての広義固有ベクトルによって張られる集合は λ広義(あるいは一般固有空間 (: generalized eigenspace) をなす[3]

広義固有ベクトルの概念を説明するいくつかの例を挙げる.詳細のいくつかは後で記述される.

例 1

まず,固有値が重複しても異なる(通常の)固有ベクトルが得られる例について示す.

とする.A の固有値は,det(λIA) = 0 を満たす λ であり,これを解くと, となり,ただ1つの固有値 λ = 1 が得られる.その代数的重複度は である.この固有値 λ = 1 に対する(通常の)固有ベクトルを求めてみよう. とおき, を満たすゼロでないベクトルを求めると,

となり,x1, x2 とも任意でよい.たとえば, も,もいずれも固有値 λ = 1 に対する固有ベクトルとなる.この2つの固有ベクトルは互いに線形独立である.

なお,

であり,幾何学的重複度は γ = 2 である.実際に,固有値 λ = 1 に対して,2つの互いに線形独立な固有ベクトルが得られることがわかる.

例 2

固有値が重複する場合に異なる(通常の)固有ベクトルが得られない例について示す[3][27][2]

とする.A の固有値は,det(λIA) = 0 を満たす λ であり,これを解くと,(λ − 1)2 = 0 となり,ただ1つの固有値 λ = 1 が得られる.その代数的重複度は μ = 2 である.例 1 と異なり,

で,幾何的重複度は γ = 1 である.すなわち,例 1 とは異なり,固有値 λ = 1 に対する(通常の)固有ベクトルは1つしかない.

では,この固有値 λ = 1 に対する(通常の)固有ベクトルを求めよう.今, とおき,(1IA)x = 0 を満たすゼロでないベクトルを求めると,

となり,x1 は任意であるが,x2 = 0 でなくてはならない.したがって,たとえば, は固有値 λ = 1 に対する固有ベクトルとなる.なお,x1 は任意であるから, もまた固有ベクトルであるが, は互いに独立ではないことにも注意されたい.

つぎに,この(通常の)固有ベクトル x1 として,一般固有ベクトル x2 を求めよう.これは, とおき, を解くことによって求めることができる.具体的には,

を解くと,x21 は任意であり,x22 = 1 となる.すると階数 2 の一般固有ベクトルは である,ただし a は任意のスカラー値である.a = 0 とするのが最も単純である.

x1x2 は線型独立であり,ベクトル空間 V の基底をなす.

行列 A は,対角化可能ではないことに注意されたい.この行列は1つの 優対角英語版成分があるから,階数が 1 よりも大きい一般化固有ベクトルが1つある(あるいは,ベクトル空間 V の次元は 2 だから階数が 1 よりも大きい広義固有ベクトルは高々1つであることも分かる).あるいは,(λIA)零空間の次元が p = 1 であることを計算でき,したがって階数が 1 よりも大きい広義固有ベクトルは mp = 1 個ある.

さて,求めた(通常の)固有ベクトルと(一般)固有ベクトルを並べた行列

に対して,

となり,A は対角化はできていないが,J には A の固有値が対角成分に現れ,右上に“1” が配置されたジョルダン標準形となっていることがわかる.

例 3

この例は例 2 よりも複雑である.低い次数のよい例題を構成することはやや少し難しい[28]

行列

の固有値は

det(λIA) = (λ − 1)2(λ − 2)3 =0

の解なので,固有値 λ1 = 1λ2 = 2 を持ち,その代数的重複度はそれぞれ μ1 = 2μ2 = 3 である.λ1 = 1 に対して,

となるので,幾何学的重複度は γ1 = 1 である.λ2 = 2 に対して,

となるので,幾何的重複度は γ2 = 1 である.

はじめに,λ1 = 1 に対する(通常の)固有ベクトル x11 を求める.幾何学的重複度は γ1 = 1 なので,残りの一般固有ベクトルは,x11 から逐次的に求められる.具体的には,次のように求めた.

つぎに,λ2 = 2 に対する(通常の)固有ベクトル x21 を求め,幾何学的重複度は γ2 = 1 なので,残りの一般固有ベクトル x22x23 は,x21 から逐次的に求められる.具体的には,次のように求めた.

これは A の各広義固有空間の基底となる.広義固有ベクトルの2つの鎖と合わせて5次元列ベクトル全体の空間を張る.

A に相似な「ほぼ対角」なジョルダン標準形の行列 J は以下のようにして得られる:

ただし MA広義モード行列英語版 であり,M の列は A標準基底英語版であり,AM = MJ である。 [29]


  1. ^ a b c Bronson 1970, p. 189.
  2. ^ a b Beauregard & Fraleigh 1973, p. 310.
  3. ^ a b c d Nering 1970, p. 118.
  4. ^ Golub & Van Loan 1996, p. 316.
  5. ^ Beauregard & Fraleigh 1973, p. 319.
  6. ^ a b Bronson 1970, pp. 194–195.
  7. ^ Golub & Van Loan 1996, p. 311.
  8. ^ a b Bronson 1970, p. 196.
  9. ^ Beauregard & Fraleigh 1973, pp. 316–318.
  10. ^ Anton 1987, pp. 301–302.
  11. ^ Beauregard & Fraleigh 1973, p. 266.
  12. ^ a b Burden & Faires 1993, p. 401.
  13. ^ Golub & Van Loan 1996, pp. 310–311.
  14. ^ Harper 1976, p. 58.
  15. ^ Herstein 1964, p. 225.
  16. ^ Kreyszig 1972, pp. 273, 684.
  17. ^ Nering 1970, p. 104.
  18. ^ a b Beauregard & Fraleigh 1973, pp. 270–274.
  19. ^ a b Bronson 1970, pp. 179–183.
  20. ^ Bronson 1970, p. 181.
  21. ^ Bronson 1970, p. 179.
  22. ^ Bronson 1970, pp. 190, 202.
  23. ^ Bronson 1970, pp. 189, 203.
  24. ^ Bronson 1970, pp. 206–207.
  25. ^ a b Bronson 1970, p. 205.
  26. ^ Bronson 1970, pp. 189, 209–215.
  27. ^ Herstein 1964, p. 261.
  28. ^ Nering 1970, pp. 122, 123.
  29. ^ Bronson 1970, pp. 189–209.
  30. ^ Bronson 1970, pp. 196, 197.
  31. ^ Bronson 1970, pp. 197, 198.
  32. ^ Bronson 1970, pp. 190–191.
  33. ^ Bronson 1970, pp. 197–198.
  34. ^ Beauregard & Fraleigh 1973, p. 311.
  35. ^ Cullen 1966, p. 114.
  36. ^ Franklin 1968, p. 122.
  37. ^ Bronson 1970, p. 207.
  38. ^ Bronson 1970, p. 208.
  39. ^ Bronson 1970, p. 206.
  40. ^ Beauregard & Fraleigh 1973, pp. 57–61.
  41. ^ Bronson 1970, p. 104.
  42. ^ Bronson 1970, p. 105.
  43. ^ Bronson 1970, p. 184.
  44. ^ Bronson 1970, p. 185.
  45. ^ Bronson 1970, pp. 209–218.
  46. ^ Beauregard & Fraleigh 1973, pp. 274–275.
  47. ^ Beauregard & Fraleigh 1973, p. 317.





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