天測航法
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/10/05 17:01 UTC 版)
概要
天測航法は、空に見える天体と視地平との間の角度を測定することで、地球上の現在位置を求める技法であり、海上だけでなく陸上でも使える。ある与えられた時点において、どの天体であってもそれが真上に見える場所は地球上に1カ所しかなく、その位置は緯度と経度で表される。その地理的位置を天体のGP (geographic position) と呼び、その正確な位置は航海年鑑や航空年鑑に表の形で秒単位で示されている。「天測計算 (sight reduction)」と呼ばれる計算を行うことで、航海図や位置決定用図に「位置の線 (LOP, Line Of Position)」と呼ばれる線をひく。測定を行った観測者はこの線上のどこかに位置している。LOPは実際には、観測した天体のGPを取り囲んでいる地球上の大きな円のごく一部である。ある時点にこの円の上で問題の天体の高度角を測定すると、どの位置であっても同じ高度角が得られる。この前提は天測航法の最も一般的技法の基本であり "Altitude-Intercept Method"(高度差法)と呼ばれる。
他にも同様に六分儀を使って計測した結果を使う天測航法の技法がいくつかある。例えば「正午天測法 (Noon Sight)」やさらに古い「月距法 (Lunar Distance)」である。ジョシュア・スローカムは、世界初の単独世界一周航海で月距法を使っていた。高度差法とは異なり、正午天測法や月距法は正確な時刻を知らなくともよい。高度差法では、観測時の正確な秒単位のグリニッジ平均時 (GMT) を知らないとその後の天測計算が不正確になる。
ポリネシア、ミクロネシアの先住民は航海カヌーで広大な海域に点在する島を移動するため、目視による天測航法と海流や波浪、生物相、風向の観測を組み合わせたウェイファインディングと呼ばれる航海術を発達させた。
例
右の図は、高度差法による位置決定の背後にある概念を示したものである。天測航法には他に時辰儀経度法(時辰儀とはクロノメーターのこと)と傍子午線法という技法もある。右の地図に示した2つの円は、2005年10月25日12:00(GMT)の時点の太陽と月の位置の線を表している。このとき、船上の航海士が六分儀を使って月の高度角を測定したら56度だった。10分後、太陽の高度角を測定したところ40度だった。これらの位置の線を計算で求め、図に描く。太陽と月を同じ位置から観測して高度角を得ているので、この船は2つの円が交差している2地点のどちらかにあることになる。
この例では、マデイラ諸島の西約350海里 (650 km) の大西洋上か、パラグアイ共和国アスンシオンの南西約90海里 (170 km) の南アメリカ大陸内である。ほとんどの場合2つの交点は数千マイルも離れているので、観測を行った者にとってはどちらが正しい位置かは自明である。この例の場合、船が内陸にあることは考えにくいので、大西洋上の交点が正しいと考えられる。なお、この地図上の位置の線は円というには歪んでいるが、これは地図の投影法によるものである。地球儀上に描けば真円になる。
さらに言えば、2つの交点では太陽と月の位置関係が逆になる(南アメリカでは月は太陽の左にあり、大西洋上では月は太陽の右にある)。観測者にとってはその位置関係は自明なので、これによっても位置を1カ所に決めることができる。
角度計測
正確な高度角の測定法は長い年月をかけて発展してきた。最も単純な方法は腕を伸ばした状態の手で測るもので、指1本の幅が1.5度強に相当する。正確な高度角計測のため、カマル、航海用アストロラーベ、八分儀、六分儀といった計測器が開発され、正確さが向上していった。八分儀と六分儀は視地平からの角度を計測するもので、装置のポインタの配置による誤差を除去するため最も正確であり、二重鏡のシステムが装置の相対的な動きをキャンセルするので、対象物と視地平を安定的に見ることができる。
航海士は度、分、秒という単位で地球上の距離を測定する。1海里は1852メートルだが、これは地球の緯度1分に相当する子午線弧長にほぼ等しい。六分儀は0.2分未満の正確さで測定値を読み取り可能である。つまり観測者の位置を(理論上は)0.2海里以内(約370メートル)の正確さで決定できる。航海士ならば、移動中の船舶の位置を2.8km以内の誤差で決定でき、陸地の見えない洋上ではこれで安全に航行できる。
- ^ U.S. Air Force Pamphlet (AFPAM) 11-216, Chapters 8-13
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