和賀山塊 植物

和賀山塊

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/01/20 03:50 UTC 版)

植物

和賀山塊は非火山性山地の植生分布を示している。その植生は、複雑かつ峻険な地形のために、特定の植生が一面性をもって山域を被うことはなく、地形・地質・土壌などに即して多様な姿を示す。

奥羽山脈は冬の北西季節風や初夏の冷涼な東北季節風(ヤマセ)を浴び、それらを日本海側に越えさせている。日本海側、すなわち秋田県側の山脈西側斜面は冬季には多量の降雪を見る。早ければ10月後半には山は白く染まり、11月から翌年5月までは厚い積雪層が山々に覆いかぶさる。このように1年の半分を積雪に覆われることによりもたらされた潤沢な水を得て、春の訪れとともに芽吹いた植物は山々を緑に彩ってゆく。このようにして涵養された広大かつ豊かな自然林から形成される流域をもつ渓谷は、安定した豊かな水量をたたえ、ふたたび山々の植物を育む。

こうした環境において形成されてきた和賀山塊の自然林は、日本海側の他の山岳と同様にブナ・ミズナラなどの広葉樹林、アシウスギ・クロベキタゴヨウヒノキアスナロなどの針葉樹で構成されているが、特徴的なのはそれらの樹種の混交林が広く見られることである。例えば、生保内川や袖川沢ではスギとブナの混交林がある。また抱返り渓谷右岸の小影山(後述)には、ブナ・ミズナラ・クリ・クロベ・トチノキなどの巨樹の森が見られる。こうした和賀山塊の森は、日本海のブナ林を代表する白神山地のようなブナ純林であることよりも、様々な樹木が混生する多様性において特徴付けられ[12]、それはまた多様な動植物が生育できる環境であることをも意味している。

和賀山塊の全域はほぼ上述のような多様な森林に被われ、山頂や稜線などにわずかに低木群落や草原が見られる。森林帯はブナ・ミズナラなどの広葉樹、スギ(アシウスギ)などの針葉樹で構成されるが、両樹種の雑多な混生が少なからず見られる。森林帯上部に出ると、ハイマツのほか、ミネカエデ・ミヤマナラ・ミネヤナギなどの潅木や、チシマザザの群生が見られる。おおむね標高600m付近までは、コナラ・ミズナラ等の2次林やスギ植林が見られ、標高の高いところでは針葉樹が優越する。朝日岳や和賀岳などの稜線上の草原や、甲山・中ノ沢岳などの雪崩斜面には数多くの高山植物群が見られる。これらの高山植物群が低地性の植物と共存している例も少なからず見られ、奇観を呈する。沢筋は険しく、オオイタドリアキタブキなどの大型広葉草原が著しいほか、河岸段丘上にはサワグルミを中心とする渓畔林が見られる。

森林

和賀山塊には、厳密な意味で人の手の全く入っていない原生林は乏しいが、それでも秋田県側の自然林(天然林)のうち、樹齢100年以上の自然林面積は1万5885haに及ぶといわれ[13]、これに岩手県側の自然林を合すれば2万haを優に超す自然林がある[14]ことになる。

夏緑林帯(落葉広葉樹林帯)

和賀山塊自然学術調査会において植生調査を担当した大場達之(千葉県立中央博物館)は、東北地方日本海側沿岸のブナ林に2個の群落単位が見られると指摘している。ひとつは緩斜面で肥沃・湿潤な立地のものと、尾根筋ないし急斜面でやや乾燥傾向の立地にあるものである[15]。後者に属するマルバマンサク‐オオバブナ群集が、和賀山塊のブナ林で最も広い面積を占めており、森林限界まで登っている。和賀山塊では亜高山帯性針葉樹林が存在しないため、その代替になっているものと考えられる[15]。他方、前者に属するヒメアオキ‐ブナ群集も限られているとはいえ事例があり、薬師岳避難小屋周辺や堀内沢中流部に見ることができる。

アシウスギ群集

日本のスギは、太平洋岸のスギ、日本海側のアシウスギ、屋久島のヤクスギの3つの変種ないし亜種に区分されると考えられ、形態的・生態的な差異も認められる。秋田県に広く自生地が見られるアシウスギ(いわゆる「秋田杉」)は、照葉樹林帯から針葉樹林帯にかけて広く見られ、亜高山帯性針葉樹林のない積雪地では森林限界にまで登り、ハイマツと接するあるいは混生する場合も見られる[16]

和賀山塊にはアシウスギの自然林が広く見られ、尾根筋に近いところに分布している。1995年の調査をもとに、大場達之は、スギを含む群落分類について、アシウスギ群集を提案した。「一定の質の環境空間に一定の種類組成を持つものが群落単位」[16]であるとの観点からすれば、アシウスギはスギ優占林を明らかに形成している。アシウスギが生育することによりその環境空間が独特の質を帯びることを大場は指摘し、その意味でマルバマンサク‐オオバブナの下位単位として扱うことは不適切であるとした[16]

ミヤマナラ群集

ミヤマナラは積雪が多く針葉樹林帯を各地域に多く分布し、亜高山帯針葉樹林帯の代理群落とも見られる。土壌の厚い火山の緩斜面で特に発達し、矮木化したブナ林の上部に接して優占林を形成するが、急斜面で侵食の進んだ山では多種の低木とともに混合群落を形成する。和賀山塊におけるミヤマナラは、後者の様な混合群落に分布し、優占林は少ない。

こうした低木群落はブナ林上限とハイマツ群落下限の間に見られる。低木にさえぎられて林の下の林床の植生は貧弱である。和賀山塊における低木群落の特徴としては、本来暖地性の植物であるナンゴクミネカエデや、太平洋岸のブナ林の林床に生えるキバナウツギが混在すること、さらに希少種のオサバグサが密なところが見られるなどが挙げられる。キバナウツギが多雪産地に生ずる例は他に見られない[17]

針葉樹林

和賀山塊ではおおよそ標高1200mを越える山頂部や尾根筋ではハイマツ群落が見られる。本州中部山岳地帯に見られる大規模群落とは異なり、低木化した落葉照葉樹林の上端に接し、落葉照葉樹林を構成する樹種と混交しているのが普通である。多くの場合、チシマザサ群落を隣接群落とし、島状または帯状に広がり、広い面的な分布をもたない。ナナカマドオオカメノキ・ミネカエデ・ノリウツギなどの落葉照葉樹林を構成する植物種を多く交えるハイマツ林は、中部地方から東北地方にかけての積雪量の多い山地に広く見られる。


  1. ^ a b c “標高値を改定する山岳一覧 資料2”. 国土地理院. https://www.gsi.go.jp/common/000091073.pdf 2014年3月26日閲覧。 
  2. ^ 藤原ほか[2006]、佐々木ほか[2007]など。巨樹・巨木をとりあげた書籍でも用例が多く見られる。
  3. ^ NHKスペシャル 巨樹 生命の不思議 ~緑の魔境・和賀山塊~ - NHK名作選(動画・静止画) NHKアーカイブス
  4. ^ 佐藤・藤原[2005: 5]、藤原ほか[2006]、佐々木ほか[1993]、および国土地理院2万5千分の1 地形図「田沢湖」「国見温泉」「抱返り渓谷」「羽後朝日岳」「大神成」「北川舟」「真昼岳」「陸中猿橋」。標高は小数点以下切捨て。
  5. ^ 和賀山塊における沢登りルートの概観について、柏瀬ほか[1997: 223-231]を参照。
  6. ^ GNSS測量等の点検・補正調査による2014年4月1日の国土地理院『日本の山岳標高一覧-1003山-』における改定値。なお、旧版での標高は1,440m。
  7. ^ 藤原[1992: 92-99]。
  8. ^ 巨樹・巨木保護中央協議会 (n.d.). “森の巨人たち百選”. 2007年9月10日閲覧。
  9. ^ a b 和賀山塊自然学術調査会[1999: 77]。
  10. ^ 小島ほか[1997]。
  11. ^ 和賀山塊自然学術調査会[1999: 86]。
  12. ^ 和賀山塊自然学術調査会[1999: 87]。
  13. ^ 1989年に秋田営林局(現・東北森林管理局)が行った試算。角館・田沢湖・大曲の3営林署(現・森林事務所)管轄区域内の数値。
  14. ^ 和賀山塊自然学術調査会[1999: 2]。
  15. ^ a b 和賀山塊自然学術調査会[1999: 11]。
  16. ^ a b c 和賀山塊自然学術調査会[1999: 12]。
  17. ^ 和賀山塊自然学術調査会[1999: 15]。
  18. ^ a b 佐藤・藤原[2005: 174-175]。
  19. ^ 佐藤・藤原[2005: 165-178]、環境省. “全国巨樹・巨木林巨樹データベース”. 2007年9月10日閲覧。巨樹・巨木保護中央協議会 (n.d.). “森の巨人たち百選”. 2007年9月10日閲覧。 表中「--」は左記資料中に記載がない項目。
  20. ^ 佐藤・藤原[2005: 30]。
  21. ^ 佐藤・藤原[2005: 33-34]
  22. ^ 佐藤・藤原[2005: 32]
  23. ^ 佐藤・藤原[2005: 35]
  24. ^ 佐藤・藤原[2005: 107]
  25. ^ 和賀山塊自然学術調査会[1999: 87]、佐藤・藤原[2005: 30-31]、環境省生物多様性センター. “自然環境保全地域” (PDF). 2007年9月9日閲覧。 その他、備考欄に示した各資料。表中「--」は左記資料中に記載がない項目。小数点以下切捨て。
  26. ^ この数値は佐藤・藤原[2005: 35]による。





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