協和銀行
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/07/24 05:40 UTC 版)
主要株主
以下の企業は前身行にあたる日本貯蓄の系譜から主要株主に連ねていた企業の一部(銀行保険業)である。融資先によっては、主要株主となっている(いた)ところもある。
- 日本生命保険
- 日本相互貯蓄からの関係で主要株主となる。
- 第一生命保険
- 第一相互貯蓄からの関係で主要株主となる。現在もりそな銀行と関係が深い。
- 三井生命保険・三井信託銀行
- 内国貯金(旧三井銀行→さくら銀行のOB会社)からの関係で主要株主となる。
- 安田生命保険・安田信託銀行
- それぞれ安田貯蓄からの関係で主要株主となる。旧日本貯蓄銀行は持株比率から安田財閥系の会社と見なされていた。
- 中央信託銀行
- 東京貯蓄(旧第一銀行系)および旧日本貯蓄(旧東海銀行系)の関連。中央信託銀行は、旧第一銀行系の旧第一信託銀行(朝日銀行に改称後、第一銀行に合併)から信託部門を分離し、旧東海銀行の信託部門と統合して成立した経緯を持つ。この関係で主要株主となる。
- 東洋信託銀行
- 大阪貯蓄(旧三和銀行より信託部門が分離独立、旧野村證券・旧神戸銀行(のち太陽神戸三井銀行→さくら銀行京阪神(大阪・兵庫)部門の一部。なお、このうち兵庫部門の大部分は同行が支援し支配株主となったみなと銀行に順次、継承されている)の三社合弁で設立)の関係で主要株主となる。
キャラクター
1981年、マスコットキャラクターにディック・ブルーナのミッフィー(うさこちゃん)を採用した。一般に「ミッフィーの銀行」として知られ、顧客獲得の決め手となった。埼玉銀との合併後の協和埼玉銀でも引き続きミッフィーが使用された。
1991年1月1日からの銀行のテレビCM解禁の方針に沿って、地味な銀行の印象を変えたいと将来を見据え、当時の中高生の間で人気を博していた中山美穂をイメージキャラクターとして起用した[6][7]。また協和埼玉銀発足後には中山のほか、埼玉銀のイメージキャラクターであった緒形拳、鷲尾いさ子の3人が個別あるいは一緒に訴求対象に応じたCM等に出演していた[8]。
脚注
注釈
- ^ 現在は(東京)本部機能を木場、営業部門を後楽に移転している。
- ^ この他、横浜市に本店を置く都南貯蓄銀行が統合に参加する予定であったが、結局横浜興信銀行(現在の横浜銀行)と合併する事で不参加となった。
- ^ 1970年代初頭頃までは日本国内で最大の店舗数を有していた。
- ^ 当時、地方店舗を多く持つ他銀行も、出店規制兼合いで、地方店舗を廃止する一方大都市近郊に新規出店する措置を採っていた。尚譲渡先には太陽神戸銀行(現三井住友銀行)や後の合併相手でもある大和銀行、各地域の地元銀行など。これは協和銀行時代に限らず後身のあさひ銀行になっても同様の手法での営業譲渡を行っていた。初期には埼玉銀行や、大阪銀行(住友銀行の一時期の行名)に譲渡されていた店舗もある。
出典
固有名詞の分類
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