一山本大生 一山本大生の概要

一山本大生

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/05/26 07:41 UTC 版)

一山本 大生
基礎情報
四股名 一山本 大生
本名 山本 大生
愛称 八山本
生年月日 (1993-10-01) 1993年10月1日(30歳)
出身 北海道岩内郡岩内町
身長 187.0cm
体重 146.0kg
BMI 41.8
所属部屋 二所ノ関部屋→放駒部屋
得意技 突き・押し
成績
現在の番付 東前頭12枚目
最高位前頭7枚目
生涯戦歴 258勝199敗28休(44場所)
幕内戦歴 101勝118敗6休(15場所)
優勝 十両優勝2回
序ノ口優勝1回
敢闘賞1回
データ
初土俵 2017年1月場所
入幕 2021年7月場所
趣味 睡眠[1]
備考
2024年5月26日現在

来歴

生い立ち

3人きょうだいの末っ子として生まれ、母親の勧めで岩内町立岩内東小学校2年次から相撲を始めた[2]。他の競技にも取り組もうとしたが長続きせず、母からも「シューズを買うのでお金がかかる。相撲はまわし一本あればできる」と説得された[3]ことから、岩内町立岩内第一中学校進学後も相撲を続けたが、全国中学校相撲選手権大会の北海道予選で矢後太規(のちの幕内・矢後尾車部屋押尾川部屋)に敗れて全国大会進出を逃したため、相撲を続けることを決意した[2]

高校は兄の後を追って大野農業高校へ進学し、高校総体で32強という成績を残した[2]。夏に中央大学が北海道合宿を行っており、当時中大相撲部に在籍していた同郷の先輩を介して勧誘を受けたことから、高校卒業後は中央大学商学部商業・貿易学科に進学[1]。4年次に全国学生相撲選手権大会で個人16強となった[4]。だが、当時は、学生時代に目立った実績が無いという理由から自信が持てなかったため、大相撲入りは検討しなかった[5]

大学卒業後は北海道福島町役場に就職し、教育委員会に配属された[6]。公務員になったことは小学校の卒業文集に書いた夢が叶った形でもある[3]。また、町役場に勤務する傍らで、町内の小学校などで相撲の普及に取り組み[7]横綱千代の山・千代の富士記念館でコーチとして相撲の指導をしていた[1]2016年の国体では個人16強入りしたが、この成績が不本意なものであったことや[1]、中央大学相撲部OB会長(当時)の元幕下神光から大相撲へ誘われたこと[8]などから、大相撲への熱意が再燃した。

当時既に23歳と新弟子検査の年齢制限に抵触していたため、本来なら入門が認められないところだが、同年9月に日本相撲協会が、23歳未満という新弟子検査受検の年齢規定に対し、幕下および三段目付出資格基準を満たさなくても、相撲など各競技で実績があると理事会が承認すれば25歳未満まで受検対象に含めることを決定していたため[9]、23歳2ヶ月で新弟子検査を受検することが認められた。一山本は、この制度の適用第1号である[10]。なお、大相撲入門に伴い、町役場は退職した[11]。入門に際して公務員の地位を捨てることに対して母が猛反対していたが[12]、4歳年上の兄の説得によって入門が実現した[3]

大相撲入門後

二所ノ関部屋(師匠・12代二所ノ関)に入門して2017年1月場所で初土俵を踏んだ。初土俵時から名乗る四股名「一山本」は、9画が縁起が良いと大相撲に勧誘した神光が考えて命名したことによる[8]。初めて番付に名前が載った翌3月場所は、7戦全勝で序ノ口優勝とした[11]序二段三段目は6勝1敗としてともに1場所で通過し、同年9月場所で幕下に昇進した。新幕下の場所を6勝1敗で勝ち越して以降も勝ち越しを続け、2018年7月場所では十両目前の東幕下3枚目まで番付を上げたが、3勝4敗で初めての負け越しとなった。その後は一度幕下中位まで番付を下げた後に再度番付を上げ、2019年5月場所で再び東幕下3枚目まで番付を上げると、今度は5勝2敗と勝ち越して十両昇進の有力候補になった[13]。場所後の番付編成会議により、翌7月場所での新十両昇進が決定し、年齢制限緩和制度の適用者として初の関取になった[14]。四股名については変えない意向を示している[14]

新十両となった2019年7月場所と、翌9月場所は9勝6敗で2場所連続で勝ち越した。しかし十両3場所目となった同年11月場所は、初日の取組で左膝を痛めて2日目から自身初めての休場になった[15]。当初提出された診断書には「左膝関節捻挫」と記載されていたが[15]実際には半月板を損傷しており、同場所を最後まで休場しただけでなく、次の2020年1月場所も出場することができなかった[16]。この休場期間中は食べる量を増やして体重の増量を行い[16]、全休した1月場所前から稽古場にも下りて復帰に向けた調整を続けていた[17]。西幕下45枚目に番付を下げた同年3月場所から土俵に復帰し、その場所は5勝2敗の成績で勝ち越した[16]。復帰2場所目の翌7月場所では、元より得意の押し相撲だけでなく、新たに習得した右四つ左上手の形で2番勝つなどして5勝2敗で勝ち越した[18]。その後も勝ち越しを続け、西幕下3枚目で4勝3敗とした2021年1月場所後の番付編成会議で、翌3月場所での7場所ぶりの十両復帰が決定した[19]。十両に復帰した3月場所は10勝5敗、次の場所も10勝5敗と2場所連続で2桁の白星を挙げた。

新入幕後

東十両8枚目で10勝と、新入幕には不十分な成績だったが、下位に落ちた力士が多かったこともあり2021年7月場所は東前頭17枚目となり、新弟子検査の年齢制限緩和措置を受けた力士としては史上初の新入幕となった[20]。新入幕に際して行った記者会見では、年始にこの1年間で入幕することを目標として掲げていてそれが達成できたことを明かし、「上がったのがたまたまと言われないように」と新入幕のこの場所では勝ち越しを目標にすると語った[20]。幕内で対戦したい力士としては、レベルが違い過ぎてアマチュア時代は対戦機会が無かった大栄翔の名前を挙げた[20]

11月場所は十両陥落を喫したが、13勝2敗で自身初の十両優勝を決めた。優勝に際して「(阿炎とは)よく比較されるというか、似ていると言われるので、理想の1つとして持って、自分の違うところも出していきたい」と体格と突き押しのスタイルが似ている阿炎を意識するコメントを残し、翌2022年1月場所中に師匠の二所ノ関が停年を迎える情勢の中で「(師匠に)しっかり勝ち越して褒めてもらえるように一から頑張りたい」と意気込んだ[21]。2022年1月場所は再入幕の西前頭14枚目となった。番付発表と同日に師匠が18代放駒(元関脇・玉乃島)に代替わりしたため、同場所以降は放駒部屋所属になった[22]

2月4日、協会は一山本が新型コロナウイルスに感染したと発表[23]

幕尻の西前頭17枚目で迎えた3月場所は、2日目からの5連敗と9日、10日目の連敗により、10日目時点で3勝7敗と後のない状況から、終盤5日間を5連勝し千秋楽で勝ち越し、幕内に踏み留まった。

西前頭15枚目の地位を与えられた5月場所は、10日目に隆の勝と並んでトップタイの2敗に立つ形で勝ち越し[24]。しかし12日目に4敗を喫して優勝争いから事実上脱落。

2022年7月場所より、母校大野農業高校より化粧まわしが提供されより一層意気込んで場所に臨むことができ6勝2敗の好成績で前半を折り返し、後半戦を迎えようとした9日目に師匠の放駒親方が新型コロナウィルス感染となったため部屋の全力士が休場となりこの場所も優勝戦線から離脱することとなった。

2023年1月場所は6日目に3敗を喫するなど前半は可も不可もない星取りであったが、そこから追い上げて千秋楽に10勝目を挙げ、場所は10勝5敗で自身初の幕内2桁白星。

しかし2023年3月場所、5月場所と続いて4勝11敗と大敗に終わってしまい、7月場所では東十両3枚目と2021年11月場所ぶりの十両としての土俵となった。場所前の大相撲の七夕企画では「八山本」と勝ち越しを祈願した(後述)が、皮肉にも場所5日目、協会に「左膝内障で約2週間の安静加療を要する見込み」との診断書を提出して休場する羽目となった[25]。しかし最後まで休場してこの場所を0勝で終えれば9月場所での幕下陥落の恐れがあるため、中日からの再出場が決定[26]

11月場所は自己最速となる9日目に勝ち越しを決めた。この場所の幕内で最速の勝ち越しとなっただけでなくこの時点で優勝争いの首位に立っている[27]。その後も終盤まで優勝争いに加わり、千秋楽の金峰山戦で勝って11勝目を挙げればという条件付きで敢闘賞を獲得することとなった[28]。千秋楽は勝って受賞を決め、受賞の際には「(条件付き受賞を知っていたかに)それはもちろん。トロフィーは一生の宝物にしたい」と喜んだ[29]。2024年1月場所は自己最高位を東前頭7枚目まで更新。

取り口

長いリーチを生かしたスピードのある鋭い突き押しが持ち味。2018年9月場所前の雑誌の記事によると、兄弟子の松鳳山は「相手をよく見て相撲を取れている。相手が見えない時には引いて負けているけどね。センスがあるし、基本的に物おじしない。いずれ(関取に)上がるでしょう」と勝負度胸の良さを評価していた。[要出典]2022年5月場所中の記事によると、横に動かれた時の対応力が持ち味であると見られる[24]。同年7月場所中には「一山本が先場所(5月場所)あたりから相撲内容が激しくなって、前に出る取り口が目立ちます。阿炎に体つきも相撲もそっくりと言ってよいほどです。うまく育つと面白い存在になるかもしれません」と北の富士に評された[30]


注釈

  1. ^ 左膝関節捻挫のため2日目から休場
  2. ^ 無観客開催。
  3. ^ a b c 東京開催。
  4. ^ 3日目まで無観客開催。
  5. ^ 2019新型コロナウイルス感染者と濃厚接触した可能性があるため9日目から休場
  6. ^ 左膝内障で約2週間の安静加療を要する見込みのため5日目から休場、中日から再出場。

出典

  1. ^ a b c d e ベースボール・マガジン社刊 『相撲』 2017年2月号(初場所総決算号) 108頁
  2. ^ a b c ベースボール・マガジン社刊 『相撲』 2018年5月号(夏場所展望号) 78頁
  3. ^ a b c 『大相撲ジャーナル』2018年9月号 p.93
  4. ^ “新弟子検査年齢緩和で23歳山本大生受検1号 二所ノ関部屋へ”. スポニチアネックス. (2016年12月22日). https://www.sponichi.co.jp/sports/news/2016/12/22/kiji/20161222s00005000056000c.html 2018年5月28日閲覧。 
  5. ^ “一山本 遅れてきたホープ、開花目前”. 時事ドットコム. https://www.jiji.com/jc/v2?id=2017sumo_hope_02 2018年5月28日閲覧。 
  6. ^ “異色の脱サラ力士・一山本が7場所連続勝ち越し 来場所勝ち越しなら念願の“初任給””. AbemaTIMES. (2018年3月26日). https://times.abema.tv/articles/-/3918588 2018年5月28日閲覧。 
  7. ^ 役場職員から転身、関取に 一山本、転機は年齢制限緩和:朝日新聞デジタル”. 朝日新聞デジタル(2019年5月31日). 2021年6月15日閲覧。
  8. ^ a b 「7月場所花の新十両データバンク」『相撲』2019年7月号、ベースボール・マガジン社、23頁。 
  9. ^ “格闘技経験者ら、新弟子検査の年齢制限緩和 日本協会”. 産経ニュース. (2016年9月29日). https://web.archive.org/web/20161002033343/http://www.sankei.com/sports/news/160929/spo1609290033-n1.html 2018年5月27日閲覧。 
  10. ^ “年齢制限緩和第1号、山本大生が新弟子検査受検”. 日刊スポーツ. (2016年12月28日). https://www.nikkansports.com/battle/sumo/news/1757936.html 2018年5月28日閲覧。 
  11. ^ a b “町役場から転身の一山本序ノ口V「両親にいい報告」”. 日刊スポーツ. (2017年3月24日). https://www.nikkansports.com/battle/sumo/news/1796995.html 2018年5月28日閲覧。 
  12. ^ 「公務員から関取に」異色の新十両・一山本”. NHKスポーツ(2019年7月5日). 2021年6月15日閲覧。
  13. ^ 幕下V貴ノ富士ら名古屋場所の十両昇進候補出そろう」『日刊スポーツ』、2019年5月26日。2019年5月26日閲覧。
  14. ^ a b 新十両の一山本 公務員から“脱サラ”で夢つかむ 年齢制限緩和制度適用で初関取に」『デイリースポーツ』、2019年5月29日。2019年5月29日閲覧。
  15. ^ a b 休場の豪栄道 左足関節靱帯損傷で全治約8週間「しばらくかかる。申し訳ない」」『スポニチアネックス』、2019年11月11日。2021年1月27日閲覧。
  16. ^ a b c 「相撲部屋聞き書き帖」『相撲』2020年5月号、ベースボール・マガジン社、84頁。 
  17. ^ 「相撲部屋聞き書き帖」『相撲』2020年2月号、ベースボール・マガジン社、89頁。 
  18. ^ 「相撲部屋聞き書き帖」『相撲』2020年9月号、ベースボール・マガジン社、84頁。 
  19. ^ 初土俵が同じ貴健斗、武将山ら4力士が十両昇進」『日刊スポーツ』、2021年1月27日。2021年1月27日閲覧。
  20. ^ a b c “脱サラ”力士の一山本、入門4年で新入幕「今のところは順調に」」『日刊スポーツ』、2021年6月21日。2021年6月21日閲覧。
  21. ^ “脱サラ”一山本が初の十両V「どきどきしながら見ていた」荒篤山敗れ決定 日刊スポーツ 2021年11月28日19時30分 (2021年11月28日閲覧)
  22. ^ 【初場所新番付】元横綱稀勢の里・荒磯親方 二所ノ関襲名し二所ノ関部屋」『日刊スポーツ』、2021年12月24日。2022年1月28日閲覧。
  23. ^ 照ノ富士、貴景勝ら17人コロナ陽性 元関脇嘉風・中村親方の引退相撲は開催へ デイリースポーツ 2022.02.05 (2022年3月7日閲覧)
  24. ^ a b 一山本トップ2敗守り勝ち越し「迷った時は前に動け」師匠の言葉で対応力の高さ示す 日刊スポーツ 2022年5月17日19時27分 (2022年5月18日閲覧)
  25. ^ 十両一山本が休場「左膝内障で約2週間の安静加療を要する見込み」との診断書を提出 日刊スポーツ 2023年7月13日11時17分 (2023年7月13日閲覧)
  26. ^ 一山本が再出場 13日から日本相撲協会へ診断書を提出し休場も幕下陥落の可能性を回避へ 日刊スポーツ 2023年7月15日14時36分 (2023年7月16日閲覧)
  27. ^ 一山本が勝ち越し第1号!1差で霧島ら4人が追う展開に 年間最多勝は大栄翔と霧島が並ぶ 日刊スポーツ 2023年11月20日18時19分 (2023年11月21日閲覧)
  28. ^ 熱海富士は2場所連続の敢闘賞受賞!逆転優勝なら殊勲賞と合わせダブル受賞 日刊スポーツ 2023年11月26日13時3分 (2023年11月26日閲覧)
  29. ^ 一山本が勝てばの条件付きをクリアし初の三賞、敢闘賞受賞「トロフィーは一生の宝物にしたい」 日刊スポーツ 2023年11月26日20時20分 (2023年11月26日閲覧)
  30. ^ 【北の富士コラム】また負けた御嶽海と正代…とても立ち直りは無理。この2人はそっとしておきましょう 中日スポーツ・東京中日スポーツ 2022年7月13日 05時00分 (2022年7月13日閲覧)
  31. ^ a b 新入幕 一山本 支えたのは地元の人たち NHK 2021年7月3日(土)午後7時49分 更新 (2021年12月20日閲覧)
  32. ^ あるか道産子力士31年ぶりV、いつもニコニコ一山本が優勝争いトップ2敗死守 日刊スポーツ 2022年5月16日19時57分 (2022年5月18日閲覧)
  33. ^ 正代「角番脱出」千代大龍「ロレックスほし~い!」一山本「八山本」名古屋場所3年ぶり七夕企画 日刊スポーツ 2022年7月9日20時18分 (2022年7月10日閲覧)
  34. ^ 【写真特集】「家内安全」「三役昇進」「かわいいお嫁さん」/関取衆の七夕短冊一覧 日刊スポーツ 2023年7月8日4時45分 (2023年7月8日閲覧)
  35. ^ 一山本 大生 - 力士プロフィール 日本相撲協会 (2022年7月13日閲覧)
  36. ^ 大相撲9月場所で2度目の十両優勝の一山本 公務員から角界入り、実は「若隆景ファン」など面白エピソード(飯塚さき) - エキスパート”. Yahoo!ニュース. 2024年4月5日閲覧。


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