レオポール・セダール・サンゴール 生涯

レオポール・セダール・サンゴール

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/02/14 01:15 UTC 版)

生涯

サンゴールは、セネガル(当時はフランス領西アフリカの一部)のティエス州ンブール県ジョアル村で生まれた(セレール族カトリック教徒)。フランス留学中に起こった第二次世界大戦では、フランス軍に志願して入隊した。捕虜を経験した後、釈放後もレジスタンスと協力して後の仏大統領ジョルジュ・ポンピドゥと親交を深めている。

またフランス語詩人としても著名であり、サンゴールの詩は広く賞賛されるとともにサンゴールはアフリカ出身で初めてアカデミー・フランセーズ会員にもなった(1983年)。1968年ドイツ書籍協会平和賞1975年ストルガ詩の夕べ金冠賞、1978年にチーノ・デル・ドゥーカ世界賞を受賞し、さらにセネガル国歌歌詞も書いている。サンゴールも1930年代から1940年代にはマルティニークエメ・セゼールと共にネグリチュード運動を牽引した。

独立後も、サンゴールは対内的にアフリカ社会主義政策を、対外的にはモンロビア・グループの指導者として親欧米政策、親仏政策を採り、チュニジアの初代大統領のハビーブ・ブルギーバや、ニジェールの初代大統領のアマニ・ディオリなどと共にフランコフォニー国際機関(組織)の設立に尽力した。

レオポール・セダール・サンゴール国際空港レオポール・セダール・サンゴール競技場レオポール・セダール・サンゴール橋はサンゴールの名にちなんで命名されたものである。

2001年12月20日、カルヴァドス県ヴェルソンにて死去した。享年95。

主な作品

  • Chants d'ombre (1945)
  • Hosties noires (1948)
  • Anthologie de la nouvelle poésie nègre et malgache (1948)
  • Ethiopiques (1956)
  • Nocturnes (1961)
  • Lettres de d'hivernage (1973)
  • Elégies majeures (1979)
  • La poésie de l'action : conversation avec Mohamed Aziza (1980)
  • Ce que je crois (1988)

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