モンゴル国 国際関係

モンゴル国

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/07/27 04:58 UTC 版)

国際関係

モンゴルの外交方針は隣国の中国・ロシアとのバランスを維持しながら、それに過度に依存することなく「第三の隣国」(日本・アメリカ)との関係を発展させることである[8]。2015年に当時のツァヒアギーン・エルベグドルジ大統領によってモンゴルを永世中立国にするという方針が定められたが、2020年5月には事実上頓挫している[9]

対日関係

以前はノモンハン事件による反日感情も見られたが、相撲による交流が盛んになった今日では、国民感情としても日本とは友好的関係が維持されている。日本より多額のODAが供与されており、日本車の中古車(特にトヨタ・プリウス)も人気である。

日本との外交関係は、1972年(昭和47年)2月24日に樹立された。2004年(平成16年)11月に在モンゴル国日本国大使館が実施した世論調査では、「日本に親しみを感じる」と答えた回答が7割を超えたほか、「もっとも親しくすべき国」として第1位になるなど、現在のモンゴル国はきわめて良好な親日感情を有する国となっている[10]

兵庫県但東町(現・豊岡市但東町)との交流が長く、町内には日本でも数少ないモンゴルの博物館「日本・モンゴル民族博物館」があり、交流が盛んである。2010年平成22年)4月1日より、日本国籍者はモンゴル入国に際し、滞在日数が30日以内の場合は査証が免除されている[11]

朝青龍白鵬日馬富士鶴竜の直近の横綱4名に加え、高齢での幕内初優勝を達成した旭天鵬など多くの大相撲力士を輩出し、歴代外国人力士の最多輩出国となっている[12]。相撲以外のスポーツではプロボクサーラクバ・シンが日本で畑山隆則を降しモンゴル初の世界チャンピオンに輝き、その後日本のジムを拠点としていた時期もあった。一方で、陸上長距離のセルオド・バトオチルが日本の実業団に所属し、防府読売マラソン大阪マラソンで優勝も果たしている。また、同じ日本の国技でもある柔道もモンゴル国内では相撲に並ぶスポーツとなっている。

自衛隊との交流も進展しており、防衛大学校への留学生派遣や防衛省主催の各種セミナーへの参加を続けているほか、2004年には防衛大学校長西原正がモンゴルを公式訪問している。

モンゴルでは1990年代以降、母国の産業発展に貢献しようと多くの若者が日本の高等専門学校留学した[13]。その中には、仙台電波工業高等専門学校を卒業し、文部科学省 (モンゴル)英語版大臣になったロブサンニャム・ガントゥムル中国語版などもいる[13]。その様なことからモンゴルで日本の高等専門学校教育を導入する機運が高まり、2009年には日本の高等専門学校関係者などが「モンゴルに日本式高専を創る支援の会」を設立、2014年ウランバートルモンゴル科学技術大学付属高専、私立の新モンゴル高専、モンゴル工業技術大学付属高専が開校した[13]。モンゴルの高等専門学校卒業生は、日本企業に就職したり、日本の高等専門学校専攻科や日本の大学に留学する人もいる[13]

対中関係

モンゴルは歴史的に何度も中国から侵略を受けてきたが、特に清朝末期から中華民国時代にかけての中国人による蛮行・略奪と、中華人民共和国文化大革命期の中国共産党による南モンゴルに対する弾圧は、今でも語り継がれており、モンゴル人の圧倒的多数は中国に好意を持っておらず[14]、中国に対する激しい敵対心を抱いており[15]中国人中華料理店や中国系のスーパーホテルが襲撃される事件が頻繁に起きている[16][15][17]。一般のモンゴル人にとって中国は、モンゴルにおける悪しき事柄の源泉であるという認識が確立しており、中国はモンゴルのナショナリズムを否定的な側面から鼓舞する最大の負のイメージである[17]

アメリカ合衆国国務省は2010年の春以降、モンゴルで「外国籍の人間に対する排外主義的襲撃事件が増加している」「こうした国粋主義団体は、アジア系アメリカ人中国人韓国人だと誤解し、突然襲撃することが多い」との渡航情報を出している[18]アメリカ合衆国国務省のウェブサイトは「nationalist groups frequently mistake Asian-Americans for ethnic Chinese or Koreans and may attack without warning or provocation. Asian-Americans should exercise caution walking the streets of Ulaanbaatar at all times.(モンゴルの民族主義者がアジア系アメリカ人を中国人や韓国人と間違え、警告・挑発なしに頻繁に攻撃しているので、ウランバートルの街中を歩くアジア系アメリカ人は常に注意すべきである)」と注意を呼び掛けている[19]

日本外務省海外安全ホームページで「歴史的背景から中国人に対するモンゴル人一般の潜在的な感情には複雑なものがあります。街頭で日本人が中国人と間違えられ、モンゴル人に殴られる事件等のトラブルが時折発生しています」と注意を呼び掛けている[20][15][19]

対韓関係

対露関係


  1. ^ a b c d e World Economic Outlook Database, October 2014” (英語). IMF (2014年10月). 2014年10月12日閲覧。
  2. ^ Mongolia”. Britannica. 2017年12月28日閲覧。
  3. ^ a b c d 第12回近現代史研究会報告 満ソ(蒙)国境紛争 中山隆志 陸自58 (防2)偕行 平成20年3月号
  4. ^ 二木博史等訳・田中克彦監修「モンゴル史」2、恒文社、1988年「日本帝国主義へのモンゴル人民共和国の参加(1945年)」〔地図11〕
  5. ^ 台湾外交部檔案『中蒙関係』12-16頁。中央研究院近代史図書館檔号112.1/1
  6. ^ 蒋介石日記1945年10月12日
  7. ^ 「現代モンゴル 迷走するグローバリゼーション」p72 モリス・ロッサビ著 小長谷有紀監訳 小林志歩訳 明石書店 2007年7月31日初版第1刷
  8. ^ “モンゴル基礎データ”. 日本外務省. (2015年12月18日). オリジナルの2016年5月13日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20160513015450/http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/mongolia/data.html 
  9. ^ “永世中立に関する政令が無効化”. モンゴルの声. (2020年7月2日). https://montsame.mn/jp/read/250965 2021年1月22日閲覧。 
  10. ^ 姫田小夏 (2011年11月29日). “モンゴルでますます高まる嫌中ムード 「やりたい放題」に資源を獲得し、土地の不法占拠も”. JBpress (日本ビジネスプレス). オリジナルの2020年12月2日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20201202194936/https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/30549 
  11. ^ 駐日モンゴル大使館日本国民のモンゴル国の査証申請
  12. ^ 社会実情データ図録大相撲外国出身力士の人数
  13. ^ a b c d e “モンゴルの高専卒エンジニア、発祥の地・日本で奮闘中”. 朝日新聞. (2021年4月3日). オリジナルの2021年4月3日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20210403064845/https://www.asahi.com/articles/ASP3Y569NP3MOIPE03B.html 
  14. ^ 宮家邦彦 (2011年3月18日). “中国とモンゴル:中国を毛嫌いするモンゴル人 DNAに記録された蛮行の歴史~中国株式会社の研究(102)”. JBpress (日本ビジネスプレス). オリジナルの2011年3月22日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20110322201720/http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/5667?page=2 
  15. ^ a b c “習近平が「中国人嫌い」な“あの国”を訪問した意図とは?”. 日刊SPA!. (2014年8月29日). オリジナルの2014年8月29日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20140829030548/http://nikkan-spa.jp/705426 
  16. ^ “モンゴ政務週間動向(2008.05.19-05.25)”. 在モンゴル日本国大使館. オリジナルの2021年6月2日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20210602162205/https://www.mn.emb-japan.go.jp/news/jp563.html 
  17. ^ a b 前川愛 (2007年10月16日). “朝青龍問題 ナショナリズム高揚の反映 現代のモンゴルを読み解く”. エコノミスト (毎日新聞出版): p. 44-46 
  18. ^ “極右化するモンゴルの反中感情、強まる警戒感”. AFP. (2010年9月1日). オリジナルの2021年2月19日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20210219043038/https://www.afpbb.com/articles/-/2752486 
  19. ^ a b 宮家邦彦 (2011年3月18日). “中国とモンゴル:中国を毛嫌いするモンゴル人 DNAに記録された蛮行の歴史~中国株式会社の研究(102)”. JBpress (日本ビジネスプレス). オリジナルの2011年3月21日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20110321105305/http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/5667 
  20. ^ “海外安全ホームページ:安全対策基礎データ”. 外務省. (2012年5月8日). オリジナルの2012年12月10日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20121210232532/http://www2.anzen.mofa.go.jp/info/pcsafetymeasure.asp?id=019 
  21. ^ モンゴル国土の80%が砂漠化傾向モンゴル・日本人材開発センター(2016年9月22日)2020年2月15日閲覧
  22. ^ アジア開発銀行の貧困人口統計 Archived 2015年3月18日, at the Wayback Machine.
  23. ^ Export Partners of Mongolia”. CIA World Factbook (2014年). 2016年3月1日閲覧。
  24. ^ Import Partners of Mongolia”. CIA World Factbook (2014年). 2016年3月1日閲覧。
  25. ^ ARDEC
  26. ^ Mongolia abandons Soviet past by restoring alphabet | World | The Times”. 2020年6月22日閲覧。





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