ペルセポネー 神話

ペルセポネー

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/12/10 13:58 UTC 版)

神話

ペルセポネーの略奪

レンブラント・ファン・レインの1631年頃の絵画『プロセルピナの略奪』。ベルリン絵画館所蔵。

神話によると、ペルセポネー(当時のコレー)は、アテーナーアルテミスのように永遠の処女であることを誓ったため、アプロディーテーエロースの矢で冥界の王ハーデースを射ることを画策した[4]。ちょうどペルセポネーは、ニューサ(山地であるが、どこであるのか諸説ある)の野原でニュムペー妖精)達と供に花を摘んでいた[5]。するとそこに一際美しい水仙の花が咲いていた。ペルセポネーがその花を摘もうとニュムペー達から離れた瞬間、急に大地が裂け、黒い馬に乗ったハーデースが現れ、彼女は冥府に連れ去られてしまった。

デーメーテールの怒り

オリュムポスでは、母デーメーテールがさらわれるペルセポネーの叫び声を聞きつけた。そして娘の姿がどこにもないことに気づくと、悲しみにくれながら、松明を片手に行方の分からない娘を探して地上を巡り歩いた。そして十日目に灯火を手にした月神ヘカテーと出会って、ペルセポネーが誘拐されたことを聞いた[6]。そこで二柱の女神は太陽神ヘーリオスのところに行き、ヘーリオスから、ハーデースがペルセポネーを冥府へと連れ去ったことを知る[7][5](一説にはアレトゥーサが教えてくれた[8])。女神はゼウスの元へ抗議に行くが、ゼウスは取り合わず、「冥府の王であるハーデースであれば夫として不釣合いではない」と発言した。これを聞き、娘の略奪をゼウスらが認めていることにデーメーテールが激怒し、オリュンポスを去り大地に実りをもたらすのをやめ、地上に姿を隠す。

一方、冥府に連れ去られたペルセポネーは丁重に扱われるも、自分から進んで暗い冥府に来た訳ではないため、ハーデースのアプローチに対しても首を縦に振らなかった。

四季の始まり

フレデリック・レイトンの1891年の絵画『ペルセポネの帰還』。リーズ美術館英語版所蔵。

その後ゼウスがヘルメースを遣わし、ハーデースにペルセポネーを解放するように伝え、ハーデースもこれに応じる形でペルセポネーを解放した。その際、ハーデースがザクロの実を差し出す。それまで拒み続けていたペルセポネーであったが、ハーデースから丁重に扱われていたことと、何より空腹に耐えかねて、そのザクロの実の中にあった12粒のうちの4粒(または6粒)を食べてしまった。

そして母であるデーメーテールの元に帰還したペルセポネーであったが、冥府のザクロを食べてしまったことを母に告げる。冥界の食べ物を食べた者は、冥界に属するという神々の取り決めがあったため、ペルセポネーは冥界に属さなければならない。デーメーテールはザクロは無理やり食べさせられたと主張してペルセポネーが再び冥府で暮らすことに反対するも、デーメーテールは神々の取り決めを覆せなかった。そして、食べてしまったザクロの数だけ冥府で暮らす(1年のうちの1/3(または1/2)を冥府で過ごす)こととなり、彼女は冥府の王妃ペルセポネーとしてハーデースの元に嫁いで行ったのである[9]。そしてデーメーテールは、娘が冥界に居る時期だけは、地上に実りをもたらすのを止めるようになった。これが冬(もしくは夏)という季節の始まりだという。農作物の消長の原理はこの神話によって説明されている[10]

また、ペルセポネーが地上に戻る時期は、母である豊穣の女神デーメーテールの喜びが地上に満ち溢れるとされる。これが春という季節である。そのため、ペルセポネーは春の女神(もしくはそれに相当する芽吹きの季節の女神)とされる。ペルセポネーの冥界行きと帰還を中軸とするエレウシース秘儀は死後の復活や死後の世界における幸福、救済を保証するものだったと考えられている[11]メトロポリタン美術館に所蔵されているアッティカ赤絵式クラテールでは、地上へと帰還するペルセポネーの姿が描かれている。ペルセポネーはヘカテーとヘルメースの案内で地面の裂け目から地上に戻り、地上でペルセポネーと再会を果たすデーメーテールは大地のサイクルの更新を受け取る[12]

デーメーテールがポセイドーンとの間に産んだ娘、デスポイナ英語版と同一視されることもあり、ギリシア神話が確立される以前はポセイドーンとデーメーテールの間に産まれた子だった。そもそもペルセポネー自体が本来デーメーテールと同じ神であり、同一神格の別の面が強調されただけではないかともいわれる[13]

冥府の女神としての神話

このように、ペルセポネーは強制的にハーデースの妻にされてしまったが、ハーデースの妻であることを受け入れ、ギリシャ神話では夫のそばにいる場面が多い。またハーデースの恋人メンテーを厳罰に処すなど、強い嫉妬心を見せるようになった。しかしペルセポネー自身も美しい人間の男・アドーニスを深く愛し、ゼウス公認で1年の1/3の間、彼を恋人として堂々とそばにおいている。

このほかにオルペウス教の物語では、ゼウスは大蛇の姿となってペルセポネーと交わり、ザグレウスをもうけた[14]

メンテー(ミント)

コキュートス川のニュムペー、メンテーはペルセポネー以前にハーデースが愛した女性[15]

ハーデースは最初にメンテーを愛したが、後に地上からペルセポネーをさらって冥府に連れてきた。メンテーは嫉妬に狂ってペルセポネーに怒りや不満の言葉を浴びせた。自分の方がペルセポネーよりも美しいのだから、ハーデースもいずれ自分とよりを戻し、館からペルセポネーを追い出すだろう、と。しかしこの言葉が母デーメーテールの怒りを買った。メンテーはデーメーテールに足で踏みつぶされて死に、どこにでもある草ミントになった[16]。別の話によると、メンテーを踏みつけて草に変えたのはペルセポネーで、ピュロス市の東にはメンテーの名に由来する山があった[17][注釈 1]

アドーニス(アネモネ)

アッシリア王キニュラースの娘ミュラー(スミュルナ)が父王を愛し、その結果生まれたアドーニス。

この不幸な出生のアドーニスの養育を、愛の女神アプロディーテーは密かにペルセポネーに頼んだ。しかしアドーニスの美しさにペルセポネーもアドーニスを愛するようになった。そこでゼウスは1年の1/3をそれぞれアプロディーテー、ペルセポネーと暮らし、残る1/3をアドーニスが好きなように使うよう決めたのだが、アドーニスは自分の時間を全てアプロディーテーに与えた[19]。これを知ったアレースは獰猛な猪に変身し、アドーニスを殺した。この時アドーニスが流した血からアネモネが生まれ、死を悲しみアプロディーテーが流した紅涙が白薔薇を赤く染めた。


注釈

  1. ^ オウィディウスもペルセポネーがメンテーを香しいミントに変えたと述べている[18]

脚注

  1. ^ アポロードロス、第1巻3・1。
  2. ^ フェリックス・ギラン、p.209。
  3. ^ 石見衣久子「ノンノス『ディオニューソス譚』第七課 : 翻訳と解題」『現代社会文化研究』第43巻、新潟大学大学院現代社会文化研究科、2008年、193-205頁、2018年1月28日閲覧 
  4. ^ オウィディウス『変身物語』5巻354。
  5. ^ a b 『ギリシア・ローマ神話辞典』p.165。
  6. ^ 『ホメーロス風讃歌』第2歌「デーメーテール讃歌」38行-58行。
  7. ^ 『ホメーロス風讃歌』第2歌「デーメーテール讃歌」59行-87行。
  8. ^ オウィディウス『変身物語』5巻407。
  9. ^ アポロードロス、第1巻5・3。
  10. ^ 三品彰英『神話の世界』集英社、1974年、106頁。
  11. ^ 地獄』p.143。
  12. ^ Vases, Accession Number 28.57.23”. メトロポリタン美術館公式サイト. 2020年12月30日閲覧。
  13. ^ 早わかりギリシア神話』p.82。
  14. ^ 『ギリシア・ローマ神話辞典』p.252。
  15. ^ オッピアヌス『漁夫訓』3巻487行。
  16. ^ オッピアヌス『漁夫訓』3巻488行-497行。
  17. ^ ストラボン、8巻3・14。
  18. ^ オウィディウス『変身物語』10巻728行-731行。
  19. ^ アポロードロス、第3巻14・4。
  20. ^ 『オデュッセイア』エウスタティウス注より。
  21. ^ ウェルギリウス『アエネーイス』6巻125行以下。
  22. ^ 呉茂一『ギリシア神話』新潮社、1994年、338頁。
  23. ^ フェリックス・ギラン、p.252。
  24. ^ 松村一男他編『神の文化史事典』2013年、白水社、482頁。
  25. ^ 「聖書」と「神話」の象徴図鑑』 p.66f。
  26. ^ フェリックス・ギラン、p.253。






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