バスマラ バスマラの概要

バスマラ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/03/14 12:51 UTC 版)

オスマン朝スレイマン1世に献上された宗教書の表紙[1]アフメド・カラヒサーリー[1]。中段にムサルサル体による流麗なバスマラ、下段の正方形の中にクーフィー体によるバスマラ[1]
バスマラの発音例

この定型句の日本語訳としては、たとえば、「慈悲あまねく慈愛深きアッラーの御名において」などがある(#定型句の内容)。この定型句は、イスラーム教の聖典クルアーン悔悟を除くすべての章の冒頭に用いられている(#聖典における使用)。

定型句の内容

「バスマラ」とは、アラビア語によるイスラームの文言 بِسْمِ ٱللَّٰهِ ٱلرَّحْمَٰنِ ٱلرَّحِيمِ‎(bi-smi llāhi r-raḥmāni r-raḥīm)というアラビア語の定型句そのものを指す名詞である[2][3]

この定型句の最初の単語 bi- は「~において、~によって」を意味する前置詞である。次の単語 ʾism は「名前」を意味する名詞である。ただし発音規則により、ʾism の冒頭の母音 i を伴う声門破裂音(声門閉鎖音)「ʾ」を読まないで、前置詞 bi- に続ける。また属格変化語尾 "-i" を付加して、「b-ismi(ビ・スミ)」と読む。続く3つの allāh は唯一神アッラーの名称、後続の al-raḥmān, al-raḥīm はその神の属性名・別称である。

バスマラの日本語訳としては、例えば次のようなものが知られている。

  • 「大悲者・大慈者アラーの名によりて」(大川周明訳 1950年)
  • 「慈悲ふかく慈愛あまねきアッラーの御名みなにおいて」(井筒俊彦訳《岩波版》1957年)
  • 「慈悲ぶかく、慈悲あつき神の御名みなにおいて」(藤本勝次、伴康哉、池田修訳《中公版》1970年)
  • 「慈悲あまねく慈愛深きアッラーの御名みなにおいて」(日亜対訳クルアーン《作品社版》2014年)

「バスマラ」の語源は、上記定型句の最初の4つの子音 ب-س-م-ل (b-s-m-l)である[4]:105。この4つの子音を語根として、動名詞 basmala(h)(バスマラ)や、「バスマラを唱えること」を意味する四語根動詞 basmala(バスマラ)が造語された[4]:105。このように頭字語を語源とする語彙は、古典的なアラビア語の語彙としてはイスラーム関係の諸定型句に関して設定されていることが多い。

聖典における使用

14-15世紀、マムルーク朝時代のエジプトで筆写されたクルアーンの一葉。4段目にムハッカク体によるバスマラ。第53章の冒頭。

イスラーム教の聖典クルアーンにおいて、バスマラは、全114章中、第9章を除いたすべての章の冒頭に置かれている[2][3]。地の文では、第27章30節でソロモンからシェバの女王に宛てた手紙のくだりにおいて、手紙文の冒頭に、バスマラが完全な形で現れる[2]。また、第11章43節でノアが皆に方舟に乗るよう呼びかける発言の中でも、不完全な形でバスマラが現れる[2]。クルアーンの地の文でバスマラが使用されるケースは、以上の2回のみである[2]

ところで、本節におけるここまでの記述では、クルアーン・テクストを分節するにあたって「章」と「節」、「地の文」という用語を便宜的に用いたが、「章」はアラビア語で「スーラ」(序列の意)、「節」あるいは「地の文」は「アーヤ」(見聞しうる表徴の意)という[2]。アーヤは神が預言者を介して人類に伝えたメッセージということになっている。バスマラがアーヤに含まれるか否かという点に関して、20世紀前半頃まではウラマー間で見解の相違があった[2][5]ハナフィー派は「含まれない」という説をとり、それゆえに、クルアーン読誦の際にバスマラは発声されなくてもよいとした[2]。ハナフィー派はバスマラとスーラをシンプルに分離し、バスマラは後続するスーラに対する祝祷と考えた[2]。これに対してシャーフィイー派は「含まれる」という説をとり、これは受け継いできた聖典テクストにバスマラが含まれた状態で書かれていることを理由とする[2]。20世紀後半以後は便宜的にシャーフィイー派の見解が採用されることが普通である(例えば、世界中で流通している標準エジプト版クルアーンもバスマラがアーヤに含まれるものとして編集されている。)[2]


  1. ^ 発音上ハムザトル・ワスルが省略されて発音されず、表記上もハムザの台になっているアリフが脱落する。
  2. ^ このため、和議の条文は、「おお神よ、あなたの名によりて」(ビスミカ・アッラーフンマ)から開始された。
  1. ^ a b c Blair, Sheila S. (2020). Islamic Calligraphy. Edinburgh University Press. p. 495. ISBN 9781474464475. https://books.google.com/books?id=m6QxEAAAQBAJ 
  2. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t u v w x y z aa ab ac ad ae af ag ah ai aj ak De Vaux, B. Carra; Gardet, L. (1995). "Basmala". In Bosworth, C. E. [in 英語]; van Donzel, E. [in 英語]; Heinrichs, W. P. [in 英語]; Lecomte, G. [in 英語] (eds.). The Encyclopaedia of Islam, New Edition, Volume VIII: Ned–Sam. Leiden: E. J. Brill. pp. 1084–1085. ISBN 90-04-09834-8
  3. ^ a b c d e f g 後藤明 (1982). "バスマラ". イスラム事典. 平凡社.
  4. ^ a b Holes, Clive (2004). Modern Arabic: Structures, Functions, and Varieties. Georgetown University Press. ISBN 9781589010222. https://books.google.com/books?id=8E0Rr1xY4TQC&pg=PAPA105 
  5. ^ Haider, Najam (2012). “A Kūfan Jurist in Yemen: Contextualizing Muḥammad b. Sulaymān al-Kūfī's Kitāb al-Muntaḫab”. Arabica 59 (3-4): 200-217. doi:10.1163/157005812X629239. 
  6. ^ ﷽ - Arabic Ligature Bismillah Ar-Rahman Ar-Raheem: U+FDFD” (英語). symbl.cc. 2022年1月1日閲覧。





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