バイオマスエタノール 問題点

バイオマスエタノール

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/01/12 06:07 UTC 版)

問題点

バイオマスエタノールは、再生可能な自然エネルギーであり、燃焼させても地表の循環炭素量を増やさないと同時に、既存の化石燃料の供給インフラや利用技術を大きく変更せずに利用できるため、地球温暖化に対する関心が高まる中で代替燃料として注目されている。しかし、仮に地球上の全耕地面積でエタノールの原料を栽培してエタノールを生産しても、現在消費されているガソリンを置き換えることができない[要出典]ことや、バイオマスエタノールの利用を拡大していくにつれ発生する問題の大きさを考えると、バイオマスエタノールを中心的な代替燃料として期待することは適当ではないという意見も強い。またさとうきびにせよトウモロコシにせよ栽培する必要があり、その為には農業機械を動かし、肥料や農薬を投入するためのエネルギーが必要である。このようなバイオマスエタノールの代替エネルギー源としての妥当性に懐疑的な立場からは、米国などにおいてエタノールの生産に多額の補助金が投入されていることも強く批判されている。

バイオマスエタノールの問題点としては、大きく分けて、排気ガス、インフラ、再生可能な代替エネルギーとしての適格性、エタノール原料の生産過程における環境破壊の可能性、および、エタノール原料と食料との競合がある。

排気ガス

バイオマスエタノールは、完全に燃焼させれば二酸化炭素と水になるので、理論的にはクリーンエネルギーといえる。しかし、内燃機関で燃焼した場合の有害物質の発生についてはNOx等がガソリン燃焼より多く排出される等のデータがあり、今後の課題とされている。

インフラ

バイオマスエタノールの供給・利用には既存の石油系燃料向けインフラをほぼ転用できるとされているが、新たな対応が必要な部分もある。

蒸気圧
エタノールは水分と融合しやすい。そのため、ガソリンとの混合燃料におけるエタノールとガソリンとの相分離を防ぐため、水分の混入防止対策を強化することが必要である。エタノール直接混合ガソリンに水が混入すると、蒸気ガスが増加し、光化学オキシダントが多く発生する可能性がある他、エンジン等の部品を傷めることも懸念される。そのため、エタノールをイソブチレンと反応させてエチルtert-ブチルエーテル(ETBE)とすることで、この問題を回避させる動きもあるが、現在販売されているバイオガソリンに使用されているETBEはフランスからの輸入品に頼っている。
腐食性
エタノールには腐食性があるため、現在ではパイプライン以外の輸送方法をとらなければならない。結果として米国ではエタノールの鉄道輸送が拡大しているが、輸送中の事故によって沿線住民に被害が及ぶリスクの増大が懸念されている。

代替エネルギーとしての適格性

カーボンニュートラル
バイオマスエタノールの原料を生産するためには、農業機械を動かし、肥料や農薬を投入しなければならない。また、原料からエタノールを生産する際にもエネルギーが必要である。仮にこうした投入資源やエネルギーの相当量が原油や石炭などの化石燃料に由来する場合、バイオマスエタノール自体はカーボンニュートラルであっても、生産から消費までの全ての過程を通じてみれば追加的なCO2が放出されている可能性は否定できない。そのため、バイオエタノールの生産方法別によるライフサイクルCO2によって評価をする必要がある。
エネルギー収支
バイオマス・エタノールを生産する過程で投入されるエネルギーとバイオマス・エタノールを燃焼して得られるエネルギーとを比べて、生産に合理性があるかを考慮する必要がある。投入エネルギーと得られるエネルギーの差が小さければ、農作物を消費してまでバイオマス・エタノールを生産する必要がないかも知れない。
投入エネルギーと得られるエネルギーの比を数値化して表すのには、EPR(Energy profit ratio、エネルギー利益率)という考えが使われる。
EPR = 出力エネルギー/入力エネルギー
例えば、原油の場合、初期の油田では自噴するなどで簡単に採掘できるためEPRは100程度となるが、枯れ始めた油田では10程度に低下する。オイルサンドは流動性のない重い砂から重質油を分離処理する必要があるので、1.5程度となり極めて効率の悪いエネルギー資源であることが判る[31]。バイオマス・エタノールはかなり低い数値であるといわれているが、作物や製法によっても異なる[32]ことから、信頼できる情報は得られていない。

環境破壊の可能性

バイオマスエタノールの原料となる作物を増産するために野放図な開墾が行われる場合、作物の生産過程で農薬や肥料が過剰に投入される場合、原料からエタノールを生産する工場の廃棄物対策が十分でない場合などには、バイオマスエタノールの生産が拡大されることによって生態系が破壊され深刻な環境問題が発生する可能性がある。

もっとも、バイオマスエタノールの推進側は、エタノールがクリーンな自然エネルギーであることを標榜していることもあって、こうした環境問題には敏感であり、問題解決に向けた動きがみられる。例えば、サトウキビの処理過程で生じる高BODの廃液(ビナス、製造工程の項参照)については、かつては深刻な河川汚染の原因となっていたが、最近では再利用が進められている。

サトウキビの生産適地とされる地域はサンパウロ周辺であり、今後の栽培地拡大もこの地域が中心になると考えられている。

食料との競合

2000年代以降、各国で穀物の作付け地でバイオ燃料用の穀物の栽培が増えており、これまで飼料用だった穀物の相場が高騰している[33]。この原因の一因はアメリカやブラジル等の穀物生産国でのバイオエタノール向けのトウモロコシの需要の急増が挙げられる[34]。そのため、先進国が消費する燃料用の穀物価格が急騰して、その一方で食料用の穀物の生産が減り、所得水準の低い国々での調達が困難になりつつある[34]

2007年1月、トウモロコシの価格が1ブッシェル(約21kg)あたり4米ドルを突破したが、これは2004年から2006年にかけての平均価格のほぼ2倍の水準である。また、砂糖の価格も同時期の比較で2割ほど高くなっている。この間、トウモロコシやサトウキビがバイオマスエタノールの主要原料となっており、バイオマスエタノールの生産量が増勢を維持していることを背景に、バイオマスエタノールの増産が原料となる農産物の価格高騰を招きエタノールと食料との競合が生じているという見方が広まった。とくに米国におけるトウモロコシを原料とするバイオマスエタノールの生産には多額の補助金が支出されているため、補助金を支出してまで食料品を燃料に転換することで食料品価格を上昇させることはないという批判が聞かれた。

このような批判は、バイオマスエタノールの商業的な生産が増加することによってバイオマスエタノールの原料となる作物に対し追加的な需要が生じているとみられることを考えると一定の説得力がある。例えば米国の場合、平年のトウモロコシ生産量の15%がエタノールの原料となっている(2006年)。トウモロコシのような農産物の場合、需要の増加に対応して供給が増加するためには最低でも翌年の生育・収穫期まで1年の時間が必要であることを考えると、たとえ需要の増加がわずかであっても大幅な価格の上昇を招くことはあり得ないことではない。また、他の作物からバイオマスエタノールの原料作物に転作する生産者が増加すれば、転作によって供給が減少する作物(とくに大豆)の価格が今後高騰する可能性も指摘されている。

法整備

2000年頃、日本国内で複数のエタノール系燃料が流通・販売され販売会社が参入し一時的に市場が拡大、活性化したものの、高濃度アルコール燃料の問題についての報道やトラブルの風聞が広がり、徐々に販売の増加ペースが鈍化した。

2003年(平成15年)、安全上の理由から燃料の品質を規定する「揮発油等の品質の確保等に関する法律」が改正され[35][36]、ガソリンへのアルコール等の混合許容値は「エタノールは混合率3%まで、その他含酸素化合物は含酸素率1.3 %まで」と定められた。これにより高濃度アルコール燃料の販売が禁止されることとなり[37]、高濃度アルコール含有燃料販売業者は一挙に減少した。この時できた法律により日本でのバイオエタノール普及が阻害されていると指摘されている。

2012年(平成24年)4月1日ようやくエタノール燃料の日本国内での普及を妨げていた揮発油等の品質の確保等に関する法律施行規則が改正[38]され、とりあえずエタノール混合率10%のE10までの販売がE10対応車両に認められることになった。同規則第10条の2第2項(揮発油規格の特則)。

石油関連団体の圧力

2000年頃から日本国内に流通していた、天然ガスが原料であるとされるガソリン代替エタノール燃料は、ベンチャー企業ガイアックス (燃料)が開発・販売していたが現在は流通していない。2000年8月6日 サンデープロジェクトテレビ朝日系列で放送されたガイアックスの特集で、石油関連団体・政治家の圧力が指摘された。放送の中で、備蓄用の大型タンクが借りられず安定供給できないようにされていると報道。当時ガイアックスの備蓄用タンクは横浜にあるだけだった[39]

このことは、バイオエタノールが日本国内で普及しない理由の1つと指摘され、新エネルギーメタンハイドレートでも同問題が指摘されている。


  1. ^ 岡田茂、「バイオ燃料として期待される微細藻類の炭化水素生合成酵素」 『化学と生物』 Vol.50 (2012) No.2 p.93-102, doi:10.1271/kagakutoseibutsu.50.93
  2. ^ 小川喜八郎、セルロースおよびクズの生変換-21世紀のバイオエタノール-
  3. ^ うどん汁からバイオ燃料精製(中国新聞 '09/8/29)[リンク切れ]
  4. ^ 内田基晴、「日本の水産分野におけるバイオ燃料研究の動向」 『日本水産学会誌』 Vol.75 (2009) No.6 P.1106-1108, doi:10.2331/suisan.75.1106
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  6. ^ 折笠貴寛, 徳安健, 井上貴至 ほか、「稲わら由来のバイオエタノール生産におけるエタノール変換効率の違いがコスト,CO2排出およびエネルギ収支に及ぼす影響」 『農業機械学会誌』 2009年 71巻 5号 p.5_45-5_53, doi:10.11357/jsam.71.5_45
  7. ^ セルロース系バイオマスからのエタノール製造新技術を共同開発
  8. ^ 食料と競合しない多様なバイオマス資源を用いて環境に優しい非硫酸方式によるエタノール製造
  9. ^ Ethanol Can Contribute to Energy and Environmental Goals
  10. ^ UM Scientists Find Key to Low-Cost Ethanol in Chesapeake Bay
  11. ^ a b セルロースを分解しディーゼル、アルコール等を作る新しい微生物
  12. ^ 正念場を迎えた米国の第二世代バイオエタノール(2)
  13. ^ セルロース分解細菌「Saccharophagus dengradans」の パイロット試験
  14. ^ 北秋田市:木質バイオエタノール製造実証施設安全祈願式
  15. ^ シロアリによるバイオエタノール製造に弾み
  16. ^ シロアリがエタノール生産の救世主に? 代替燃料技術の現在
  17. ^ シロアリの腸からバイオ燃料生産効率を高める新酵素を発見
  18. ^ 国エネルギー省(DOE: Department of Energy)の共同ゲノム研究所
  19. ^ “廃材をバイオ燃料に”. 沖縄タイムス (沖縄: 沖縄タイムス): pp. 1面. (2008年7月3日) 
  20. ^ シロアリの新しい利用法
  21. ^ シロアリ腸内共生系の高効率木質バイオマス糖化酵素を網羅的に解析
  22. ^ バイオエネルギー生産のためのシロアリ共生系高度利用技術の基盤的研究
  23. ^ バガス等の熱水処理による自動車用 エタノール製造技術の研究開発
  24. ^ アグリバイオ 環境に優しい燃料づくり - トヨタ自動車(更新日不明)2018年11月23日閲覧
  25. ^ トヨタ、バイオ燃料実用化へ 酵母菌使い2020年メド - 日本経済新聞 2011/10/3 20:18版
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  27. ^ バイオエタノール用2燃料自動車を開発 ダイハツ自動車
  28. ^ http://www.paj.gr.jp/eco/biogasoline/index.html
  29. ^ ブラジルのバイオエタノールをめぐる動向,柴田明夫,独立行政法人農畜産業振興機構,2012年
  30. ^ a b 国内事情の変化する中国における自動車用代替燃料の展望, http://www.pecj.or.jp/japanese/minireport/pdf/H26_2014/2014-033.pdf 
  31. ^ 石井吉徳著 『石油最終争奪戦』 日刊工業新聞社 2006年7月30日初版1刷発行 ISBN 4526056987
  32. ^ ブラジル・バイオ燃料の現状と展望
  33. ^ 第二世代バイオ燃料の可能性
  34. ^ a b レスター ブラウン「フード・セキュリティー―だれが世界を養うのか」、ワールドウォッチジャパン、2005年4月、ISBN 978-4948754225 
  35. ^ 揮発油等の品質の確保等に関する法律の一部を改正する法律案(2004年12月21日アーカイブ) - 国立国会図書館Web Archiving Project 経済産業省報道発表(同法案は平成15年5月成立)
  36. ^ 揮発油等の品質の確保等に関する法律施行規則の改正案について(概要)(2004年12月21日アーカイブ) - 国立国会図書館Web Archiving Project 2003年(平成15年)6月26日資源エネルギー庁資源・燃料部石油精製備蓄課・石油流通課
  37. ^ 「高濃度アルコール含有燃料は、車の安全にNO!環境にNO!」)(2008年2月6日アーカイブ) - 国立国会図書館Web Archiving Project 経済産業省・資源エネルギー庁HP
  38. ^ 品確法の施行規則改正及び告示制定について(12/03/30)(2012年10月1日アーカイブ) - 国立国会図書館Web Archiving Project
  39. ^ ガソリン代替新燃料ガイアックスが潰される[リンク切れ]
  40. ^ 社団法人アルコール協会編 『バイオエタノール製造技術』 工業調査会 2007年12月25日初版1刷発行 ISBN 9784769371571
  41. ^ トヨタ自動車、バイオエタノール混合率10%燃料対応車の国土交通大臣認定を取得






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