バアリン バアリンの概要

バアリン

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/09/29 19:51 UTC 版)

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沿革

『元朝秘史』の伝える伝承によると、モンゴル部の中心氏族たるボルジギン氏の始祖、ボドンチャルは征服したウリャンカイ部の女性に生ませた子供をバアリダイと名付け、バアリダイの子孫からバアリン氏が生じたという[1]

バアリン氏はモンゴル部において祭祀を務める特殊な地位にあったようで、『元朝秘史』は次のような興味深いチンギス・カンの発言を伝えている。

モンゴルの国制では、ノヤンの職務の内には、ベキとなる習わしがあった。バアリンは[我がモンゴルの族の]長兄の後裔であった。ベキたる職務には、我らの内の長上から[なる習わしであったから]、ベキにはウスン・エブゲンよ、[卿が]なれ。ベキの位に登らせて、白き衣装を纏い、白き馬に乗り、上座に座らせて、祭りを執り行い、更にまた年月[の吉凶]を[選び]図りてこそ、しかあるべけれ。 — チンギス・カン、『元朝秘史』第216節[2]

バアリンが「長兄の後裔であった」というのはバアリン氏がボドンチャルの長子から生じた氏族であるという事を指しており、また「白き衣装を纏い、白き馬に乗り〜」という箇所はバアリンの人間が務める「ベキ」という役職が祭祀を執り行う地位にあったことを示唆する[3]

また、『集史』はチンギス・カンの「ベキ(=コルチ・ウスン・エブゲン)」について以下のように記述している。

チンギス・カンはバアリン族の一人の男(コルチ・ウスン・エブゲン)を、馬や他の動物を「オンゴン(族霊)」とするように、「オンゴン」としたと言われる。即ち、誰も彼に対しては権利を主張できなくなり、彼は全く自由の身となって「ダルハン」となる。この男の名を「ベキ」といった。カンのオルドでは、彼は皇子たちと同じく上座を占めて、チンギス・カンの右手に座し、彼の馬はカンの馬と一緒に繋がれた……。 — ラシードゥッディーン、『集史』「バアリン部族志」[4][5]

この記述は、「ベキ」がオンゴン(族霊)をシャーマンとして身に宿すことによって人間的束縛から離れた身分となる(=ダルハンとなる)ことを指しており、実際に『元朝秘史』にはコルチ・ウスン・エブゲンが「神託(ja'arin)」を受けてテムジンにカンに即位するよう勧めたという逸話を伝えている[6]

以上のような宗教的権威を以て、バアリン氏はモンゴル帝国成立以前におけるモンゴル部内の長老的地位にあったものと見られている。後にモンゴル部ではキヤト氏タイチウト氏という二大勢力が台頭してきたものの、依然としてバアリン氏は特権的地位を保ち続け、チンギス・カンの登場とモンゴル帝国の成立を迎えている[7]

モンゴル帝国時代のバアリン

12世紀末、モンゴル部においてキヤト氏の長テムジン(後のチンギス・カン)が台頭すると、バアリンからはコルチ・ウスン・エブゲンココチュスナヤアといった人物がテムジンに仕え、モンゴル帝国建国の功臣となった。

特にコルチ・ウスン・エブゲンは前述したように司祭者たる「ベキ」としてチンギス・カンに仕え、モンゴル部の祭祀・卜占において重要な役割を果たした。『元朝秘史』は、モンゴル部内にてテムジンとジャムカの主導権争いが激化する中で、コルチ・ウスン・エブゲンは「テムジンとジャムカのどちらがモンゴルのカンとなるべきか」占い、「テムジンをカンにするように」との神託を受けたためテムジンの下にやってきたという逸話を伝えている[8]

1206年にモンゴル帝国が建国されるとテムジン改めチンギス・カンは功臣を千人隊長(ミンガン)に任じたが、コルチ・ウスン・エブゲンはバアリン氏からなる10の千人隊を率いていたため、万人隊長(トゥメン)とも呼ばれた。10の千人隊という数は当時のモンゴル帝国において最大規模の集団であり、同じく万人隊長と称されたムカリ直属のジャライル千人隊は3つしかなく、バアリン万人隊に次ぐのはコンギラトの5千人隊を率いるアルチ・ノヤンがいるだけであった。

チンギス・カンの死後その遺領が分割されると、バアリンの大部分は末子トゥルイが相続し、以後バアリンの有力者は主にトゥルイ家に仕えるようになる。特に最初フレグに仕え、後にクビライに仕えるようになったバヤン南宋征服の総司令官を務め、大元ウルスの最高幹部にまで上り詰めたことで著名となった。


  1. ^ 村上1970,38-39頁
  2. ^ 訳文は村上1976,26頁より引用
  3. ^ 村上1976,26-27頁
  4. ^ 志茂2013,707頁
  5. ^ 訳文は村上1993,250頁より引用
  6. ^ 村上1993,250-251頁
  7. ^ 村上1993,151-156頁
  8. ^ 村上1970,242-244頁
  9. ^ 村上1970,240-241頁
  10. ^ 村上1972,15頁


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