セルビア・クロアチア語 歴史・現状

セルビア・クロアチア語

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/06/07 15:21 UTC 版)

歴史・現状

ユーゴスラビアが分裂してからはセルビア語クロアチア語ボスニア語の3言語に政治的・社会的に分けられ、近年ではモンテネグロが独立したため、さらにモンテネグロ語を分離しようとする運動もある。

元来クロアチア語とボスニア語ではラテン文字、セルビア語ではキリル文字およびラテン文字が使われる。しかし、各言語の標準語における文法・発音・正書法の差は極めて小さく、各言語の標準語の差よりも各言語内での方言差のほうが大きい。そのため、旧ユーゴスラヴィアでは政治的事情もあって同一言語として扱われていたほか、学術上もしばしば便宜的にひとつの言語として扱われる。

セルビア・クロアチア語を常用する地域(2005年)

方言

セルビア・クロアチア語の方言は、「何」を意味する疑問代名詞の語彙の差に基づいて、カイ方言チャ方言シュト方言の三大方言区分に分けられる[3]。セルビアの南東部で限定的に話されるトルラク方言を加えて四大方言とする立場もあるが[4]、これを認めない場合はシュト方言に含める[5]

カイ方言 (Kajk) はザグレブ周辺からスロベニアとの国境あたりの地域で話され、クロアチア語からスロベニア語への連続体を成す[6]チャ方言 (Čak) は北ダルマティアを中心とする地域とアドリア海の島のいくつかで話されている。その他の地域では、シュト方言 (Štok) が話されている[6]。とはいえカイ方言、トルラク方言を話す地域の中にはシュト方言を話す集団も存在する。またシュト方言は他の方言に比べて、その方言の内部での差が小さい。この現在の複雑な民族的方言的状況は、トルコの進出に対する民族移動によって生まれた[4]

チャ方言とシュト方言の下位分類としてエ方言イ方言イェ方言があるが、これは共通スラブ語の/*ě/[注 1]の継承の仕方に基づく[注 2]。/i/となるのがイ方言で、ダルマティアとボスニア・ヘルツェゴビナの西部で話されるが、文語としてはもはや使われない。セルビアとヴォイヴォディナで話されるエ方言では/e/となり、これが現代セルビア語になっている。クロアチア、ボスニア、モンテネグロで使われるイェ方言では、短いときは/je/、長いときは/ije/となる[7]

文字と正書法

キリル文字とラテン文字の両方が用いられる[3]

セルビアでは、カラジッチ以前には古教会スラブ語のキリル文字が使用されていた。クロアチアではルネサンス期まではグラゴル文字が使われ、それ以降は徐々にラテン系文字が使われるようになっていた。いずれもセルビア・クロアチア語を表記するのに適しているとは言えないものであった[8]。19世紀になると、セルビアではブーク・カラジッチによって、「話すように書き、書くように話す」という言文一致の方針のもと教会スラブ語のキリル文字に独自のњ、љを加え、さらに不必要な文字を削ることで、文字と音を一対一対応させた体系が作られる[9][10]。他方クロアチアでも、リュデヴィト・ガイによってチェコ語のアルファベットを元にした表記体系が作られた[9]。この2つの文字体系はほぼ一対一に対応している[10]

現代においては、セルビアではキリル文字とラテン文字が併用される。モンテネグロではキリル文字がほとんどで、ボスニア・ヘルツェゴビナではキリル文字よりラテン文字が多く見られる。クロアチアではもっぱらラテン文字が用いられる。[11]

キリル文字

ブーク・カラジッチがキリル文字を改良して作った文字で、30文字からなる[3]。音素と文字表記の一対一対応関係を持つ。アクセントが記されることはない[12]

ラテン文字

ラテン文字を使用するスラブ諸語のなかで例外的に、音素と文字表記の一対一対応がある[13]。音調が記されることはない[14]。リュデヴィト・ガイによって、チェコ語アルファベットをもとにして作られたものである[15]

文字一覧表

ラテン文字[16] キリル文字 呼称[17] 音価 (IPA表記) [16]
A, a А, а a [a]
B, b Б, б be [b]
C, c Ц, ц ce [ts]
Č, č Ч, ч če [tʃ]
Ć, ć Ћ, ћ će [tɕ]
D, d Д, д de [d]
, Џ, џ dže [dʒ]
Đ, đ Ђ, ђ đe [dʑ]
E, e E, e e [e]
F, f Ф, ф ef [f]
G, sg Г, г ge [ɡ]
H, h Х, х ha [x]~[h]
I, i И, и i [i]
J, j J, j je [j]
K, k К, к ka [k]
L, l Л, л el [l]
Lj英語版, lj Љ, љ elj [ʎ]
M, m М, м em [m]
N, n Н, н en [n]
Nj英語版, nj Њ, њ enj [ɲ]
O, o О, о o [o]
P, p П, п pe [p]
R, r Р, р er [r]
S, s С, с es [s]
Š, š Ш, ш eš / ša [ʃ]
T, t Т, т te [t]
U, u У, у u [u]
V, v В, в ve [v]
Z, z З, з ze [z]
Ž, ž Ж, ж že [ʒ]



出典

  1. ^ 『実用ユーゴスラビア語入門―文法・日常会話・単語集』(戸部実之泰流社、1993年)
  2. ^ a b c 亀井孝河野六郎千野栄一編著 三省堂『言語学大辞典 第2巻 世界言語編(下-1)』1992年 p.475
  3. ^ a b c d e 栗原, 成郎 (1989), “セルビア・クロアチア語”, in 亀井孝; 河野六郎; 千野栄一; 西田龍雄, 言語学大辞典 第2巻 世界言語編 中 さ-に, 三省堂, pp. 474-477, ISBN 4385152152 
  4. ^ a b Katičić 1984, p. 264.
  5. ^ Browne 1993, p. 382.
  6. ^ a b Sussex & Cubberley 2006, pp. 505-506.
  7. ^ Sussex & Cubberley 2006, p. 506.
  8. ^ Sussex & Cubberley 2006, p. 72-75.
  9. ^ a b 三谷 2011, p. 138.
  10. ^ a b Sussex & Cubburley 2006, p. 73.
  11. ^ a b Browne 1993, p. 308.
  12. ^ Comrie 2013b, p. 737.
  13. ^ Comrie 2013a, p. 703.
  14. ^ Comrie 2013a, p. 702.
  15. ^ 三谷 2011, p. 139.
  16. ^ a b Comrie 2013a, p. 709.
  17. ^ 三谷 2011, p. 150.
  18. ^ 三谷 1997, p. 3.
  19. ^ 中島由美、野町素己著 白水社『ニューエクスプレス セルビア語・クロアチア語』 2010年 p.13
  20. ^ 三谷 1997, p. 4.
  21. ^ Browne 1993, p. 309.
  22. ^ Browne 1993, p. 310.
  23. ^ a b 三谷 1997, p. 5.
  24. ^ 三谷 1997, pp. 6-7.
  25. ^ a b 三谷 1997, p. 9.
  26. ^ Browne 1993, p. 311.
  27. ^ Browne 1993, pp. 311-312.
  28. ^ 三谷 1997, p. 14.
  29. ^ 中島由美著 白水社 『エクスプレス セルビア・クロアチア語』 1987年 p.39

脚注

  1. ^ * は再建形を表す。
  2. ^ カイ方言では/e/となる。
  3. ^ 2つ並んでいる場合は、左が無声音、右が有声音である。






固有名詞の分類

セルビアの言語 ボスニア語  セルビア語  ゴーラ語  ハンガリー語  セルビア・クロアチア語
クロアチアの言語 カイ方言  セルビア語  イタリア語  ハンガリー語  セルビア・クロアチア語
モンテネグロの言語 モンテネグロ語  クロアチア語  ボスニア語  セルビア語  セルビア・クロアチア語
コソボの言語 トルコ語  ボスニア語  セルビア語  ゴーラ語  セルビア・クロアチア語
ボスニア・ヘルツェゴビナの言語 クロアチア語  ボスニア語  ボスニア語版ウィキペディア  セルビア語  セルビア・クロアチア語
マケドニア共和国の言語 トルコ語  マケドニア語  アルーマニア語  ゴーラ語  セルビア・クロアチア語
スロベニアの言語 スロベニア語  イタリア語  ハンガリー語  セルビア・クロアチア語

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