サンクトペテルブルクのパラドックス
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/03/07 02:07 UTC 版)
効用による回答
ベルヌーイは、主観的価値とでも言える「効用」を定義して、このパラドックスを回避した。誰にとっても一定の「価値」に対し、効用は、効用を評価する人の個別の事情に左右される。そして、例外はあるがほとんどの場合、金額が大きくなるほど、効用の増加具合は緩やかになる。つまり、100万円が200万円になるときの効用は、1000万円が1100万円になるときの効用より大きい。これは現在の経済学における限界効用逓減と同じ考えである。
ベルヌーイはさらに、効用は、金額の対数[注釈 4]で得られるとした。つまり、100万円が200万円になるときの効用と、1000万円が2000万円になるときの効用とは等しい。対数関数で得られる効用を「対数関数的効用」という。このモデルは、(小さな)資産の増加による効用は資産の総量に反比例するということでもあり、これを「ベルヌーイの規則」と呼ぶ。
また、金額の期待値が金額の重み付け算術平均なのに対し、効用の期待値は、金額の重み付け幾何平均の効用となる。相加相乗の法則から、効用の期待値は、金額の期待値の効用より、ほとんどの場合小さい[注釈 5]。そのため一般に、効用の期待値を最大化する戦略は、金額の期待値を最大化する戦略より、リスクに対し慎重になる。
ギャンブラーの総資産を a、賭の価格を b とすると、賭終了後の総資産は
と発散するのは先に見たとおりだが、効用の期待値は
となり、この値は有限にとどまる。
単純なケースとして a = b(有り金全て賭ける)とすると、
となる。つまり、総資産2円(効用 log 2)以下なら、賭により効用は増えるので、有り金全て賭けてでも賭に参加すべきである。なお、総資産2円という状況はイメージしにくいので、賞金のスタートを1円から200万円に引き上げると、有り金全て賭けてでも賭に参加すべき資産は400万円[注釈 6]以下となる。
しかし、総資産が2円より多いなら、2円と総資産の間のどこかに、賭けるべきか賭けぬべきかの境目となる b0 がある。b0 を求めるには方程式
を解けばいい。たとえば、400万円に対しては約12円となり、かなり実感に近くなる。
ただし、以上のような対数関数的効用は、パラドックスの完全な解決にはならない。カール・メンガーは、1回裏を出すごとに賞金が2倍になるのではなく、2乗になるような賭では、(賞金が資産を十分上回った後には)効用は2倍になり、期待値は発散することを指摘した。これに対しては、効用の増加具合を自然対数より緩やか(恣意的な例ではあるが、対数の対数など)にすれば対応できる。これは、100万円が200万円になる効用より100億円が200億円になる効用のほうが少ないと言うことであり、「使い切れない」ということを考えれば妥当なモデルである。しかし、効用の増加がどれだけ緩やかでも、1回裏を出すごとに「効用が2倍になる」ように賞金額を設定すれば、効用の期待値はやはり発散する。
これを完全に防ぐためには、効用には上限があると考える必要がある。つまり、ある金額を超えれば、効用は基本的にそれ以上増えない、と考えるのである。効用の上限は、金で買える全ての欲望を満たした状態を意味し、これを「至福水準」と呼ぶ。この設定により、どれだけ急激に賞金が増えても、効用の期待値は有限にとどまる。
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