グアラニー語
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/03/06 16:06 UTC 版)
グアラニー語 グアラニ語、ワラニー語 | |
---|---|
avañe'ẽ | |
発音 | IPA: /aʋaɲẽˈʔẽ/ |
話される国 | アルゼンチン、ボリビア、ブラジル、パラグアイ |
話者数 | 全体で493万9千180人[1] |
言語系統 |
トゥピ語族
|
表記体系 | ラテン文字(グアラニー・アルファベット) |
公的地位 | |
公用語 |
パラグアイ メルコスール コリエンテス州(アルゼンチン) タクール(ブラジル、マットグロッソ・ド・スル州)[2] |
統制機関 | グアラニー語アカデミー |
言語コード | |
ISO 639-1 |
gn |
ISO 639-2 |
grn |
ISO 639-3 |
grn – マクロランゲージ個別コード: gnw — 西部ボリビアグアラニー語nhd — チリパ語gui — 東部ボリビアグアラニー語gun — ムブアグアラニー語gug — パラグアイグアラニー語 |
グアラニー語はアメリカ先住民諸語としては最も話者が多い言語の一つであり、中でも唯一大きな比率で非先住民の話者を擁する。これは南北アメリカ大陸では興味深い例外である。というのは、グアラニー語を除くと、スペイン人とアメリカ先住民の混血であるメスティーソや、文化的同化の進んだ上昇指向の強いアメリカ先住民の中では、植民地言語(この場合、他の公用語であるスペイン語)への移行がほとんど全体に共通した文化およびアイデンティティの標識となっているからである。
イエズス会の宣教師で Tesoro de la lengua guaraní (グアラニー語の宝)を著したアントニオ・ルイス・デ・モントーヤは、グアラニー語について「豊かで格調高く、最高の名声を受けるに匹敵すべき」言語であると述べている。
なお一般にグアラニー語といえばパラグアイの公用語を指すが、この言語はグアラニー諸語、もしくは方言連続体の一部であって、これらの言語群に属する姉妹語の過半も同じくグアラニー語と呼ばれていることに留意されたい。
歴史
イエズス会はインディヘナに対するローマ・カトリックの布教をグアラニー語で行い、イエズス会伝道所のような自治共同体でもグアラニー語が用いられた。また往時のパラグアイを支配していた諸々の独裁者が国境を閉ざしてしまったために、国内の文化や言語は守られる結果となった。こうしてグアラニー語は活力を保って生き延び、公用語の地位を得たのであった。
分類
一口にグアラニー語と言っても研究者は様々な方言に分かれるとしている。たとえば、まず Rodrigues (1984/85) により形態論的・音韻論的な根拠からトゥピ・グアラニー語族下の7組の言語群のうちの最初の組を以下のように分類した[7]。
- 古グアラニー語(Guarani Antigo)
- ムブヤ語(Mbya)
- シェテ語(Xeté (Serra dos Dourados))
- ニャンデバ語(Ñandéva; 別名: チリパ語 (en) (Txiripá))
- カイワ語(別名: カヨバ語 (Kayová))
- パニ語 (en) (Pãi))
- パラグアイグアラニー語(Guarani Paraguaio)
- グアヤキ語(Guayaki)
- タピエテ語(Tapieté)
- チリグアノ語(Chiriguano; 別名: Ava)
- イソセーニョ語(Izoceño; 別名: チャネ語 (Chané))
また Kaufman (1994) は以下のような分類を唱えた。
I. トゥピ・グアラニ語族(Tupí-Guaraní family)
- A. グアラニ語群(Guaraní group)
- 1. グアラニ語(域)(Guaraní language (area))
- カイングワ方言(Kaingwá)
- カイワ(Kaiwá、別名: カヨバ (Kayová))
- パニ(Pãi、別名: パニィ (Pany))
- タビテラン (en) (Tavüterán)
- ボリビア グアラニ方言(Bolivian Guaraní)
- パラグアイ グアラニ方言(Paraguayan Guaraní)
- ジョパラ(Jopará)
- チリパ・ニャンデバ方言(Chiripá-Nyandeva)
- チリパ(Chiripá)
- ニャンデバ(Nyandéva)
- チリグアノ方言複合体/新生言語 (?)(Chiriguano; 同義語: アバ (Avá))
- タピエテ(Tapieté (= ニャナイグア Nyanaigua))
- チリグアノ・チャネ・イソセーニョ(Chiriguano-Chané-Isosenyo (= タピイ Tapyi))
- ムビア グアラニ方言(Mbü’a)
- カイングワ方言(Kaingwá)
- 2. シェタ語(Shetá)
- 3. グアヤキ語(Guajakí)
- 1. グアラニ語(域)(Guaraní language (area))
Lewis et al. (2015a, b, c, d, e, f) はグアラニー語と名のつく言語を以下の5種類に細分化している。
- アバグアラニー語(Ava Guaraní; 別名: チリパ語 (Chiripá、Txiripá)、ニャンデバ語 (Ñandeva)[注 1]、Apytare; ISO 639-3: nhd)
- アパポクバ方言(Apapocuva)
- 西部ボリビアグアラニー語(Western Bolivian Guaraní; ISO 639-3: gnw)
- 東部ボリビアグアラニー語(Eastern Bolivian Guaraní; 蔑称: 「チリグアノ語」 (Chiriguano); ISO 639-3: gui)
- アバ方言(Ava)
- イソセーニョ方言(Izoceño)
- チャネ方言(Chané)
- パラグアイグアラニー語(Paraguayan Guaraní; ISO 639-3: gug)
- ジョパラ方言(Jopará)
- ムブヤグアラニー語(Mbyá; ISO 639-3: gun)
- Baticola方言
- Tambéopé方言
なお、ここまでで度々パラグアイグアラニー語の下位分類として見られるジョパラ(方言)とはスペイン語の要素が入り混じった、都市部で用いられる口語のグアラニー語である[8][9]。
綴字法
グアラニー語が書き言葉として使われるようになったのは、比較的最近になってからのことである。今使われているグアラニー語アルファベットは、基本的にラテン文字に準拠しつつ、2つのダイアクリティカルマークと6つの二重字を付け加えた文字体系となっている。正書法は非常に音素論的であって[10]、個々の文字はスペイン語と似たような音価をもつ。
母音字はYを含め6字で、それぞれが鋭アクセント符号を伴って強勢を示す(Á/á, É/é, Í/í, Ó/ó, Ú/ú, Ý/ý)が、これら強勢のある文字素は無強勢のものと同じ文字として扱われる。また、チルダも多くの文字と併せて用いられている。例えば、N/nにチルダを付してÑ/ñとすると、スペイン語と同様に歯茎鼻音でなく硬口蓋鼻音を表すものとして扱われ、またチルダ付きの母音字は、ポルトガル語のように鼻母音であることを示すことができる(Ã/ã, Ẽ/ẽ, Ĩ/ĩ, Õ/õ, Ũ/ũ, Ỹ/ỹ)。
グアラニー語アルファベットに特有の表記として、チルダにより鼻音化された軟口蓋子音G/g、すなわち軟口蓋鼻音であるところのG̃/g̃がある。これがグアラニー語に導入されたのは20世紀半ばと比較的新しく、その使用を巡っては異論もある。またこの文字はユニコードでも正規合成済みとして扱われておらず、ダイアクリティカルマーク付き文字が充分にサポートされていないコンピュータやフォントを使用する際には、写植に手間がかかったりコンピュータ上の表示が完全になされないおそれがある。Gregores & Suárez (1967:116) では言及されていない。同書の同ページにおける音素と綴り字の対応関係は#母音、#子音を参照されたい。
注釈
- ^ なお、「ニャンデバ語」についてはタピエテ語の別名の一つともされている。詳しくはタピエテ語#名称を参照されたい。
- ^ Gregores & Suárez (1967:116) ではまず音素 /k/ について 1. a、o、u の前で c、e、i、î の前では k と綴られるか、あるいは 2. 常に k と綴られるかの2通りであるとされている。また、これとは別に /kʷ/ という音素が設定されており、その綴り方は cu か ku の2通りが示されている。
- ^ Gregores & Suárez (1967:116) では基本的に鼻母音の前では m、強勢のある非鼻母音の前では mb となるとされている。また強勢のない非鼻母音の前の場合いずれの表記も見られるが、mb と書かれる傾向の方が強いともしている。
- ^ Gregores & Suárez (1967:116) では基本的に鼻母音の前では n、強勢のある非鼻母音の前では nd となるとされている。また強勢のない非鼻母音の前の場合いずれの表記も見られるが、nd と書かれる傾向の方が強いともしている。
- ^ /j/ に対する注も参照。
- ^ Gregores & Suárez (1967:116) では /ŋ/ と /ŋʷ/ という音素が見られ、それぞれ ng、ngu という綴りが当てられている。
- ^ Gregores & Suárez (1967:116) では、個々の音素としては扱われていない。
- ^ Gregores & Suárez (1967:116) には見られない。
- ^ Gregores & Suárez (1967:116) には ch または x と綴られる /ś/ が見られる。
- ^ Gregores & Suárez (1967:116) では見られず、代わりに /x/(綴りは jh または h)、/xʷ/(綴りは jhuまたはhu)が見られる。
- ^ Gregores & Suárez (1967:116) では /v/ に v、b の表記が当てられている。
- ^ Gregores & Suárez (1967:116) では /y/ という音素が見られるが、これは鼻母音の前では ñ となり、それ以外の場合には y となるとされ、j という綴りが当てられる場合もあるとされている。
- ^ Gregores & Suárez (1967:116) では /γ/ と /γʷ/ という音素が見られ、それぞれ g、gu という綴りが当てられている。
- ^ 一方、Gregores & Suárez (1967:116) にはこのような制限については特に記されておらず、語頭に現れる場合には表記されないとの旨が記されている。
- ^ González (2005:36) や Goedemans & van der Hulst (2013) では鼻母音やアクセント記号のことについては特に触れることなく、単に最後の音節に置かれるとしている。また González は同時に彼女が主題としているタピエテ語の他、シリオノ語やアバ・グアラニー語(Ava-Guaraní)といった同系統の言語はいずれも最後から2番目の音節に強勢があるものとしている。
- ^ González (2005:106) は Jensen (1998) がいわゆるトゥピ・グアラニー語族の言語における人称標識を4組に分けたとしている。
- ^ a b Gregores & Suárez は一切用いていない表現であるが、それぞれの接辞に反映されている二者の関係が分かりやすくなることを期し、便宜上用いることとする。
- ^ 一方、タピエテ語については González (2005:35) においてSOV型であると明言されている。
出典
- ^ Lewis et al. (2015a).
- ^ http://www.romanistik.uni-mainz.de/guarani/texte/Ley5598.pdf
- ^ Azuma, Shōji; 東照二. (2009). Shakai gengogaku nyūmon : ikita kotoba no omoshirosa ni semaru sociolinguistics. Tōkyō: Kenkyūsha. ISBN 978-4-327-40157-3. OCLC 469672689
- ^ カウフマン(2000)。
- ^ Mortimer (2006).
- ^ Website of Indigenous Peoples' Affairs which contains this information (スペイン語)
- ^ González (2005:11f).
- ^ 青木(2003:91)。
- ^ Lewis et al. (2015e).
- ^ Gregores & Suárez (1967:116).
- ^ たとえば Gregores & Suárez (1967:150) などを参照。
- ^ Nordhoff (2004).
- ^ Estigarribia 2020, pp. 50–51.
- ^ a b c d e f 青木(2003:102)。
- グアラニー語のページへのリンク