レフト・バンク
(Left Banke から転送)
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2026/09/24 05:34 UTC 版)
| レフト・バンク The Left Banke |
|
|---|---|
|
左からスティーヴ・マーティン、マイケル・ブラウン、ジョージ・キャメロン、ジェフ・ウィンフィールド、トム・フィン(1966年)
|
|
| 基本情報 | |
| 出身地 | |
| ジャンル | |
| 活動期間 |
|
| レーベル | |
| 共同作業者 |
|
| 旧メンバー |
|
レフト・バンク(The Left Banke)は、1960年代後半に活動したアメリカ合衆国のロック・バンドである。ビートルズ、ゾンビーズなどのブリティッシュ・ビートから影響を受けた演奏スタイルとクラシカルなストリングスのアレンジは、バロック・ポップと形容された。
略歴
1964年にマイケル・ブラウンを中心として結成されたキャッスルズがバンド名をレフト・バンクに変え、1966年にマーキュリーレコード傘下のスマッシュ・レーベルと契約した。同年に「いとしのルネ (Walk Away Renée)」でデビュー。同シングルは全米5位を記録した。1967年、デビュー・アルバム『Walk Away Renée/Pretty Ballerina』と3枚のシングルをリリースするが、ソングライティングを担っていたブラウンが脱退[2][注釈 1]。
1968年、ブラウン以外のメンバーでセカンド・アルバム『ザ・レフト・バンク・トゥー』[注釈 2]を発表したが、売り上げは振るわなかった。1969年に解散[注釈 3]。
活動期間は約4年間だったが、ストリングスを多用した甘美なサウンドはインディー・ポップ系アーティストに影響を与えており、エリオット・スミス、ブルートーンズ、マシュー・スウィート、タヒチ80らが彼らの楽曲をカバーしている。1979年にアメリカに進出したピンク・レディーも、現地市場向けに出したシングル「Kiss In The Dark」のB面に「いとしのルネ」のカバーを収録している[3][4][注釈 4]。
メンバー
ディスコグラフィ
アルバム
- Walk Away Renée/Pretty Ballerina(1967年)
- The Left Banke Too(1968年)
- Strangers on a Train(1978年)
- There's Gonna Be a Storm: The Complete Recordings 1966-69 (1992年)
脚注
注釈
- ↑ ブラウンは同年、セッション・ミュージシャンを起用してシングル『Ivy Ivy』を制作してレフト・バンク名義で発表。バート・ソマーがボーカリストとして参加し、B面曲'And Suddenly'の共作者に名を連ねた。
- ↑ スティーヴン・タラリーコが数曲のバッキング・ボーカルを担当。彼は後のスティーヴン・タイラーである。
- ↑ 前年に行なわれたオーディションでアラン・メリルが合格した。
- ↑ 邦題は「ウォーク・アウェイ・ルネ」。
出典
- ↑ Breihan, Tom (January 16, 2020). “The Left Banke's Steve Martin Caro Dead At 71”. Stereogum 2021年5月10日閲覧。.
- ↑ “The Left Banke – Ivy, Ivy / And Suddenly” (英語). www.discogs.com. 2026年9月21日閲覧。
- ↑ “Pink Lady – Kiss In The Dark” (英語). www.discogs.com. 2026年9月24日閲覧。
- ↑ “Pink Lady – キッス・イン・ザ・ダーク = Kiss In The Dark” (英語). www.discogs.com. 2026年9月24日閲覧。
固有名詞の分類
- レフト・バンクのページへのリンク