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Istanbul mambo

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2026/10/11 01:19 UTC 版)

『Istanbul mambo』
ムーンライダーズ の スタジオ・アルバム
リリース
録音 1977年6月~8月
クラウン大スタジオ・小スタジオ
ジャンル ロック
レーベル PANAM / CROWN
GW-4034
プロデュース ムーンライダーズ
ムーンライダーズ アルバム 年表
MOONRIDERS
(1977年)
Istanbul mambo
(1977年)
NOUVELLES VAGUES
(1978年)
『Istanbul mambo』収録のシングル
  1. 「ジェラシー / Beep Beep Be オーライ」
    リリース: 1977年8月25日
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『Istanbul mambo』(イスタンブール・マンボ)は、日本のロックバンド・ムーンライダーズの2枚目のオリジナル・アルバム。1977年10月25日にクラウン・レコード(PANAMレーベル、GW-4034)より発売された[1]。

概要・背景

前作『MOONRIDERS』(1976年)に続く2枚目のスタジオ・アルバムであり、ギタリストの白井良明が正式加入して6人編成の強固なラインナップが揃ってから制作された実質的な初作品にあたる[1][2]。

本作最大のサウンド的特徴である中近東風の無国籍サウンドやオリエンタルなコンセプトは、昭和を代表する歌手・江利チエミとの幻のセッション体験が直接の大きな契機となって生み出された[3][4]。

当時、ムーンライダーズの前身バンドであるはちみつぱいがキングレコード傘下のベルウッド・レコードに所属していた縁から、同じくキングレコードに所属していた江利チエミの新録音およびバック演奏のオファーがバンドに持ちかけられた[3]。セッションにおいてバンドは、江利が1950年代にヒットさせたトルコ民謡「ウスクダラ」などのバック演奏を録音したものの、諸事情により企画自体がボツとなり、音源はお蔵入りとなったが[3][4]、この際お蔵入りとなった江利チエミとムーンライダーズによるセッション音源は、後年に蔵出し音源としてCD化・配信リリースがなされており、現在は音源として実際に聴くことが可能である[5]。

中心人物の鈴木慶一は後に「俺たちの『ウスクダラ』は結局ボツになっちゃったけど、勿体ないぞと。それで2枚目の『イスタンブール・マンボ』になるわけです」と回想している[3]。セッションのために構築したオリエンタルな編曲や異国趣味の着想をそのままバンド自身のアルバムへスライドさせて結実させた[3][6]。

アルバムタイトルも、江利チエミが1955年にカバーして大ヒットさせたラテン・ナンバー「イスタンブール・マンボ」(原曲:*Istanbul (Not Constantinople)*)へのオマージュとなっている[2][4]。

LPの帯には「6人の ナイス・タフ・ガイが 今宵誘う」というキャッチコピーが記載されていた[1]。

音楽性・制作

英米のウエストコースト・ロックやポップスからの影響が色濃かったデビュー当時のアプローチから脱却し、欧米から見た誤解を含んだオリエンタリズムや無国籍音楽への傾倒を見せ始めた重要作である[3][6]。鈴木慶一は英米音楽をモチーフにし尽くした後に、海外視点から見た東アジアや日本特有の景色を描こうとしたと語っており、湿り気を排した「乾いた無国籍性」を提示した[3]。

サウンド面では、ロックのダイナミズムをベースに中近東・アラビアンテイスト、マンボ、ポリリズム、歌謡曲的な情緒を融合[2]。この無国籍ポップスの実験は、細野晴臣によるエキゾティカ路線やイエロー・マジック・オーケストラ(YMO)、そして1980年代以降のテクノ歌謡へとつながる日本ポピュラー音楽史上の先駆的アプローチとなった[3]。

楽曲解説

  • ジェラシー
    鈴木博文作詞、鈴木慶一作曲。アルバムのオープニングを飾るアーバンで都市生活者の屈託を描いたポップ・ナンバー[6]。
  • ウスクダラ
    かしぶち哲郎訳詞、トルコ民謡(PD)。江利チエミとのボツになったセッションで取り組んだトルコ民謡「ウスクダラ」を、かしぶちによる独自の日本語訳詞とオリエンタルなロック・アレンジでセルフカバーした楽曲[1][3]。江利チエミ版の魅力を継承しつつ、現代的なエキゾチシズムへと昇華されている[4]。
  • イスタンブール・マンボ
    作詩:鈴木慶一・橿渕哲郎、作曲:ナット・サイモン[1]。江利チエミの同名カバー曲のモチーフを受け継ぎつつ、バンド独自のアンニュイでエキゾチックな無国籍アレンジを施したアルバム表題曲[2][4]。

評価・影響

江利チエミとの幻のセッションというアクシデントを起点としながらも、単なるパロディや歌謡曲のバックバンド経験にとどまらず、ロックバンドとしてのアイデンティティとアヴァンギャルドな感性を融合させた作品として高く評価されている[2][4]。

1970年代後半の日本のロックシーンにおいて、湿度の高い和風歌謡とも従来の英米直輸入ロックとも異なる「乾いたエキゾチシズム」を確立した本作は、後に『カメラ=万年筆』や『マニア・マニエラ』へと連なるムーンライダーズ独自のオルタナティヴな音楽性の原点と位置づけられている[3][6]。

収録曲

Side A

  1. ジェラシー  – (4:47)
    作詩:鈴木博文、作曲:鈴木慶一、編曲:ムーンライダーズ
  2. 週末の恋人  – (4:47)
    作詩:鈴木博文、作曲:岡田徹、編曲:ムーンライダーズ
  3. さよならは夜明けの夢に  – (3:24)
    作詩:鈴木博文、作曲:岡田徹、編曲:ムーンライダーズ
  4. ビューティコンテスト  – (3:39)
    作詩:鈴木慶一、作曲:岡田徹、編曲:ムーンライダーズ
  5. 女友達(悲しきセクレタリー)  – (3:58)
    作詩・作曲:鈴木慶一、編曲:ムーンライダーズ

Side B

  1. Beep Beep Be オーライ  – (3:42)
    作詩・作曲:橿渕哲郎、編曲:ムーンライダーズ
  2. ウスクダラ  – (3:18)
    作詩:橿渕哲郎、トルコ民謡、編曲:ムーンライダーズ
  3. イスタンブール・マンボ  – (4:52)
    作詩:鈴木慶一・橿渕哲郎、作曲:ナット・サイモン、編曲:ムーンライダーズ
  4. ブラッディマリー  – (4:47)
    作詩:鈴木博文、作曲:岡田徹、編曲:ムーンライダーズ
  5. ハバロフスクを訪ねて  – (5:27)
    作詩・作曲:橿渕哲郎、編曲:ムーンライダーズ

参加ミュージシャン

  • スタッフ
    • プロデュース:ムーンライダーズ
    • コ・プロデュース:上村律夫

脚注

  1. 1 2 3 4 5 “イスタンブール・マンボ - DISCOGRAPHY > ALBUM > MOONRIDERS”. moonriders official web site. 2026年8月31日閲覧。
  2. 1 2 3 4 5 “イスタンブール・マンボ : ムーンライダーズ”. HMV&BOOKS online. 2026年8月31日閲覧。
  3. 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 “鈴木慶一が語る「テクノ歌謡は僕らの砂場だった」”. 音楽ナタリー (2008年11月26日). 2026年8月31日閲覧。
  4. 1 2 3 4 5 6 “ムーンライダーズ / イスタンブール・マンボ[紙ジャケット仕様]”. CDJournal. 2026年8月31日閲覧。
  5. ↑ “江利チエミ / 蔵出し名曲集”. CDJournal. 2026年8月31日閲覧。
  6. 1 2 3 4 “ムーンライダーズ アルバム・レビュー”. OTOTOY (2011年12月7日). 2026年8月31日閲覧。

外部リンク

Moonriders Web Server (Official Fan Site)
その他



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