2011年民主党代表選挙・鹿野グループ時代
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/15 04:52 UTC 版)
「大島敦」の記事における「2011年民主党代表選挙・鹿野グループ時代」の解説
2011年8月の民主党代表選挙では、鹿野道彦元農林水産大臣の推薦人に名を連ねる。代表選後、素交会(鹿野グループ)の旗揚げに参加した。2012年4月、野田第1次改造内閣で総務副大臣に任命され、野田第2次改造内閣・野田第3次改造内閣でも留任。 2012年12月の第46回衆議院議員総選挙では、与党に猛烈な逆風が吹き荒れる中、埼玉6区でこれまで2回連続で下した自民党元職の中根一幸に198票の僅差で敗北。重複立候補していた比例北関東ブロックで復活し、5選。同月の民主党代表選挙では海江田万里の推薦人となり、海江田が代表に選出されると、政策調査会長代理に就任した。 2014年12月の第47回衆議院議員総選挙では、前回敗れた自民党の中根に1万票超の差をつけ、埼玉6区で6選。2015年1月の民主党代表選挙では、元幹事長の細野豪志を支持したが、細野は決選投票で岡田克也に敗れた。岡田執行部において、政策調査会長に起用された細野の下で政調会長代理に就任した。
※この「2011年民主党代表選挙・鹿野グループ時代」の解説は、「大島敦」の解説の一部です。
「2011年民主党代表選挙・鹿野グループ時代」を含む「大島敦」の記事については、「大島敦」の概要を参照ください。
- 2011年民主党代表選挙鹿野グループ時代のページへのリンク