館神と八幡神社
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/03/22 07:01 UTC 版)
「北海道の神社の歴史」の記事における「館神と八幡神社」の解説
いちおう、蝦夷地は安東氏の管領ということになっていたが、実際には色々な豪族が土着して館(砦)を構えていた。彼らはその館に神社を建て、これを館神と称していた。館神では武神である八幡大菩薩・八幡神を祀った。このような神社は道南に多い。 江戸時代の中頃からは蝦夷地へのロシア人の関与が幕府の懸案となった。幕府は箱館奉行所を設けた上で蝦夷地の一部を公儀御料(幕府直轄領)とし、東北地方の諸藩に警固を命じた。こうして北海道の僻地のあちこちに到着した警固の武士によって建立された神社は、その多くが武神として八幡神を祀り、のちに八幡神社となった。
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