靴工議会反対デモ事件とは? わかりやすく解説

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靴工議会反対デモ事件

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/10/10 16:07 UTC 版)

靴工議会反対デモ事件(くつこう/かこう ぎかいはんたい デモじけん)は、明治25年(1892年12月21日東京で起きた労働者による抗議運動である。陸軍が軍靴製造を直営化しようとしたことに反対し、日本靴工協会に所属する靴職人たちが衆議院に押しかけて請願を行った [1]。警官隊との衝突や逮捕者を出したことで注目を集め、自由民権運動と結びついた初期の労働運動の一例として位置づけられている [2]

概要

明治政府の陸軍は、それまで軍靴を桜組などの民間業者に発注していたが、労働組合運動が拡大する可能性を恐れて方針を変えた。軍人を訓練して靴職人に育成する「陸軍被服工長学舎」を設立し、軍靴をすべて直営で製造する計画を立てたのである。このため第四帝国議会には17万円の予算が計上され、陸軍は「市中の靴工が西洋流の組合運動を起こす危険があるため」と説明した[3]。 しかし、この計画は靴工たちにとって生活を根本から脅かすものであった。軍靴は最大の需要であり、それを直営化されれば、職を失う者が多数出ることは必至であった。日本靴工協会は陳情を決議し、行動に移した。 1892年12月21日、協会の靴工約300名が銀座から日比谷に集まり、むしろ旗を掲げて議会に向けて行進した。議会前では警官隊と乱闘になったが、代表の岩瀬貞三郎ら6名が請願書を提出することに成功した。ただし議長の星亨には直接会えず、林田書記官長を通じて渡すにとどまり、帰路で岩瀬ら15名が集会条例違反で検挙された[2] [1]

請願書では、陸軍の方針がいかに不合理であるかを訴えている。彼らはまず「軍直営は経済的にも合理性を欠く」と指摘した。直営化すれば材料は結局商人から購入するため、官営の利点はほとんどなく、かえって無駄な経費がかかると論じた。さらに「兵士の多くは農村出身であり、短期間の訓練で高度な製靴技術を身につけることは到底できない」と述べ、品質面からも不安が大きいと主張した。加えて、明治10年の西南戦争の際には、兵士たちは軍靴を捨てて草鞋を履いたため、むしろ靴の需要は一時的に消えたという実例を挙げ、軍直営の必要性を否定した。つまり、軍の説明は過剰な危惧に基づくものであり、現実の経験とも矛盾すると強調したのである[4]

この運動には、自由民権派の大井憲太郎率いる東洋自由党が関与した。同党は労働者保護を掲げて「日本労働協会」を設立しており、山田東次代議士らを通じて靴工協会に接近した。彼らは靴工の趣意書を代筆し、議会で陸軍を糾弾しようとした。さらに、アメリカサンフランシスコの日本人靴工同盟会からも支援の論文が送られ、印刷して議員らに配布された。運動は国内外の広がりを見せ、単なる職人の不満にとどまらず、自由民権運動の一環としても扱われるようになった[5]

しかし一方で、雇用主である大手業者は運動を快く思わなかった。桜組をはじめとする大工場は、軍が直営化しても材料調達の利権が残るため利益を失うことは少ないと考え、むしろ請願運動による混乱を避けたい立場であった。そのため「今後もこの件で運動する者は容赦なく解雇する」と靴工に厳命した。結果として、多くの職人が雇用不安に直面し、翌年1月13日には「桜組工場一同」の名で靴工協会を脱会する旨の広告が新聞に掲載され、運動は大きな打撃を受けた。最大手である桜組の動きは決定的であり、その背後には創業者の西村勝三と陸軍上層部との調整があった可能性も指摘されている[5] [6]

こうして工長学舎設置反対の運動は終息したが、問題は完全に消えたわけではなかった。最終的に明治34年(1901年)には陸軍被服廠に製靴部が設置され、直営生産が始まった。ただし民間への発注も継続され、靴工が一斉に職を失う事態は避けられた。

この事件は、後に社会主義者片山潜が「日清戦争以前の労働運動は騒擾・一揆の範疇に入る」と評したように、組織的な労働運動とは言いがたい面を持つ。しかし、自由民権運動と労働者の生活防衛が結びついた稀有な事例であり、近代日本の労働運動史における初期的な位置を占めている[7]

参考文献

  • 『日本労働運動史料』(1959年、労働運動史料委員会、81p)
  • 『大塚製靴百年史 - 第 1 巻』(1976年、大塚製靴株式会社 、50p)
  • 『靴産業百年史』(1971年、日本靴連盟、83-87p)

脚注

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