青木重夫とは? わかりやすく解説

Weblio 辞書 > 辞書・百科事典 > 百科事典 > 青木重夫の意味・解説 

青木重夫

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/01/27 01:13 UTC 版)

青木重夫

青木 重夫(あおき しげお、1904年明治37年)4月17日[1] - 1961年昭和36年)6月8日[1][2])は、昭和期の実業家、農林業経営者、政治家華族貴族院子爵議員

経歴

本籍・栃木県[2]。農業経営者・青木梅三郎(杉孫七郎三男)の長男として生まれる[1][3]。父の死去に伴い、1941年(昭和16年)10月15日、子爵を襲爵した[1][3][4]

1930年(昭和5年)東北帝国大学法文学部を卒業[2][3]1932年(昭和7年)日本生命保険に入社し、その後、常磐簡易火災保険副支配人、日本火災保険副支配人、日本火災海上保険支配人を務めた[2][3]。その他、栃木県那須郡高林村(現那須塩原市)で農林業の経営を行う[2]

1946年(昭和21年)5月10日、貴族院子爵議員補欠選挙で当選し[5][6]研究会に所属して活動し、1947年(昭和22年)5月2日の貴族院廃止まで在任した[2]

親族

  • 養祖父:青木周蔵[1]
  • 母:文子(福原信蔵二女)[1]
  • 妻:和子(かずこ、荒木和一三女)[1]
  • 男子:周光[1]

脚注

  1. ^ a b c d e f g h 『平成新修旧華族家系大成』上巻、4-5頁。
  2. ^ a b c d e f 『議会制度百年史 - 貴族院・参議院議員名鑑』33頁。
  3. ^ a b c d 『人事興信録』第14版 上、ア43頁。
  4. ^ 『官報』第4434号、昭和16年10月16日。
  5. ^ 『貴族院要覧(丙)』昭和21年12月増訂、56頁。
  6. ^ 『官報』第5815号、昭和21年6月5日。

参考文献

  • 『貴族院要覧(丙)』昭和21年12月増訂、貴族院事務局、1947年。
  • 霞会館華族家系大成編輯委員会『平成新修旧華族家系大成』上巻、霞会館、1996年。
  • 衆議院・参議院編『議会制度百年史 - 貴族院・参議院議員名鑑』大蔵省印刷局、1990年。
  • 人事興信所編『人事興信録』第14版 上、1943年。


日本の爵位
先代
青木梅三郎
子爵
青木(周蔵)家第3代
1941年 - 1947年
次代
華族制度廃止



英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「青木重夫」の関連用語

青木重夫のお隣キーワード
検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



青木重夫のページの著作権
Weblio 辞書 情報提供元は 参加元一覧 にて確認できます。

   
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアの青木重夫 (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。

©2025 GRAS Group, Inc.RSS