雉子神社とは? わかりやすく解説

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雉子神社

読み方:キジジンジャ(kijijinja)

教団 神社本庁

所在 東京都品川区

祭神 日本武尊 ほか

神社名辞典では1989年7月時点の情報を掲載しています。

雉子神社

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/09/19 09:23 UTC 版)

雉子神社

拝殿
所在地 東京都品川区東五反田1-2-33
位置 北緯35度37分44秒 東経139度43分36.5秒 / 北緯35.62889度 東経139.726806度 / 35.62889; 139.726806座標: 北緯35度37分44秒 東経139度43分36.5秒 / 北緯35.62889度 東経139.726806度 / 35.62889; 139.726806
主祭神 日本武尊天手力雄命大山祇命
社格 村社
創建 文明年間(1469年1487年
例祭 10月の第一土・日
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雉子神社(きじじんじゃ)は、東京都品川区東五反田にある神社

由緒

創建は文明年間(1469年1487年)と言われている。村民の霊夢により[1]大鳥明神を祀っていた。江戸時代に入り、慶長年間になり三代将軍・徳川家光鷹狩りに来た時、一羽の白雉が社地に飛び入ったのを稀なめでたいしるしとして、家光から「以後雉子宮と称すべし」との言葉があり、「雉子ノ宮」と改称した。そして江戸社寺名所にその名を連ねた。明治維新の際に雉子神社と改められる。明治時代以前は隣接してある宝塔寺別当寺であった。1910年明治43年)に上大崎村にあった三島神社を合祀して現在に至っている。

祭神

境内社

アクセス

脚注

  1. ^ その霊夢とは文明年間に当所に白雉が飛来し死んだ。その夜に村民の夢に甲冑を着た人が現れて、「私は日本武尊だ。私を当地で祀れば国家を守護し、村民は安全になるだろう」といい白雉となって飛び去った。これにより彼は死んだ白雉を埋めて大鳥明神と号する社を築いた。というものである。(出典:新編武蔵風土記より)

関連項目



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