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阿部正永

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2019/07/21 04:15 UTC 版)

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阿部 正永
時代 江戸時代後期
生誕 安永5年(1776年
死没 不詳
別名 雅楽助、伊織(通称
幕府 江戸幕府 小姓組使番、大坂目付代、徒士
主君 徳川家斉家慶
氏族 阿部氏
父母 父:阿部正包
正室:間部方元の娘
正理

阿部 正永(あべ まさなが)は、江戸時代の旗本

安永5年(1776年)、旗本阿部正包の長男として生まれる。寛政2年(1790年)4月25日、15歳で家督を継ぐ。

文政4年(1821年)1月11日、小姓組から使番となる。文政6年(1823年)8月22日、日光参詣往復目付を務め、文政9年(1826年)6月4日に大坂目付代となる。同年11月16日に辞職し寄合に列した。文政11年(1828年)6月24日、徒士頭として職務に復帰し、天保5年(1834年)5月25日に再び辞職する。

実子の阿部正理の代で明治維新を迎えた。

参考文献

  • 続群書類従完成会『新訂寛政重修諸家譜』第十、八木書店、1969年。
  • 小川恭一編『寛政譜以降旗本家百科事典』第一巻、東洋書林、1997年。



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