鎮種(紹運) と元種
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/02/15 16:25 UTC 版)
そのとき高橋氏の名跡の後継者として白羽の矢を立てられたのが、義鎮の家臣で、縁戚でもある吉弘鑑理の次男である。高橋氏の名跡を継ぎ、名を高橋鎮種と改め、剃髪後は高橋紹運と称した。一方、鑑種を滅ぼした大友氏を快く思わない旧臣は、鎮種を後継者と認めず、先祖を同じとする大蔵流秋月氏より養子を迎えて、系譜上の正当な後継者であると主張した。これが鑑種の同盟者秋月種実の子、高橋元種である。ここに九州の名族高橋氏は2流に分裂することとなった。
※この「鎮種(紹運) と元種」の解説は、「高橋氏」の解説の一部です。
「鎮種(紹運) と元種」を含む「高橋氏」の記事については、「高橋氏」の概要を参照ください。
- 鎮種 と元種のページへのリンク