酒井忠義 (競艇選手)
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/11/28 04:12 UTC 版)
| 酒井忠義 | |
|---|---|
| 基本情報 | |
| 国籍 | |
| 出身地 | 香川県 |
| 生年月日 | 1946年9月15日(78歳) |
| 身長 | 166cm |
| 血液型 | O型 |
| 選手情報 | |
| 所属 | 香川支部 |
| 登録番号 | 1759 |
| 登録期 | 14期 |
| 特徴 | 自在 |
| 選手実績 | |
| デビュー日 | 1963年8月 |
| 選手引退日 | 2013年11月24日 |
| 記念優勝 | 1 回 |
| SG優勝 | 0 回 |
| GI/PGI優勝 | 2 回 |
| 通算優勝 | 69 回 |
| 通算勝率 | 6.23 |
| 通算勝利 | 2545勝 |
| 主要獲得タイトル | |
酒井 忠義(さかい ただよし、1946年9月15日 - )は、香川県出身の元競艇選手。
来歴
1963年8月に地元の丸亀でデビューし、デビュー節で初勝利も挙げる。1966年6月にはびわこで初優出初優勝を果たし、1981年11月3日に浜名湖で行われた「第28回全日本選手権競走」でSG初優出で4着に入る。四国地区ボート選手の牽引的な存在となり[1]、1990年には2月に地元丸亀で行われた「四国地区選手権競走」でGI初優勝を果たすと、5月には戸田開設34周年記念「戸田グランプリ」でGI・2勝目を挙げる。2007年6月24日の児島一般戦「第7回競艇マクール杯」で最後の優勝(1号艇1コースから逃げ切り)[2]を果たし、2010年1月23日の芦屋一般戦「第2回ポッカ杯争奪戦」5日目4Rで歴代21人目の通算2500勝(1号艇1コースから逃げ切り)[3]を達成、2012年7月20日の下関一般戦「スポニチ金杯争奪戦」が最後の優出(5号艇5コース進入で4着)[4]となった。2013年11月3日の児島一般戦「児島サポーターズタッチャンカップ」4日目2Rで最後の勝利となる通算2545勝目(2号艇2コースからまくり勝ち)[5]を挙げ、同24日の丸亀一般戦「創刊65周年記念 デイリースポーツカップ」最終日5Rの4着(1号艇1コース進入)[6]をもって現役を引退。
引退後はボートレース殿堂マイスター入りを果たす[1]。
獲得タイトル
- 1990年 - 四国地区選手権競走(丸亀)、戸田開設34周年記念「戸田グランプリ」
脚注
- ^ a b 1759 酒井 忠義 (香川) - ボートレース大村 > ボートレース殿堂・殿堂 マイスター
- ^ 2007年6月25日 児島12R | 艇国データバンク
- ^ 2010年1月23日 芦屋4R | 艇国データバンク
- ^ 2012年7月20日 下関12R | 艇国データバンク
- ^ 2013年11月3日 児島2R | 艇国データバンク
- ^ 2013年11月24日 丸亀5R | 艇国データバンク
関連項目
外部リンク
- 酒井忠義_(競艇選手)のページへのリンク