赤尾彦作とは? わかりやすく解説

Weblio 辞書 > 辞書・百科事典 > 百科事典 > 赤尾彦作の意味・解説 

赤尾彦作

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/02/19 00:52 UTC 版)

赤尾彦作

赤尾 彦作(あかお ひこさく 慶応3年4月15日1867年5月18日) - 昭和28年(1953年11月26日)は、日本の政治家弁護士実業家衆議院議員横浜弁護士会会長。

経歴

1867年(慶応3年)-甲斐国(現山梨県)に生まれる。

1889年(明治22年)-和仏法律学校(現在の法政大学)を卒業し、1893年(明治26年)に横浜市弁護士を開業する。

1902年(明治35年)-横浜市会議員当選(以後1942.9まで連続10期当選)する。

1903年(明治36年)-横浜電気軌道株式会社取締役に就任し、1909年(明治42年)平沼銀行を創立に参画し、同年横浜取引所顧問に就任する。

1917年(大正6年)-第13回衆議院議員総選挙に出馬し、当選(立憲政友会)する。

1932年(昭和7年)-横浜弁護士会会長に就任する。

1942年(昭和17年)-横浜市顧問、1946年(昭和21年)横浜市監査委員に就任する。

1953年(昭和28年)11月26日-死去。

人物

横浜市の政友派勢力の指導的人物で、民政派の三宅磐と共に、大正末から昭和戦前期にかけて、横浜の「協調市政」時代を創った。

戦後は横浜市の監査委員を務め、大正から昭和戦後期にかけて、横浜市政に関わった長老政治家である。

参考文献

  • 『市史研究よこはま4号』(1990)
  • 『市史研究よこはま5号』(1991)

外部リンク




英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「赤尾彦作」の関連用語

赤尾彦作のお隣キーワード
検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



赤尾彦作のページの著作権
Weblio 辞書 情報提供元は 参加元一覧 にて確認できます。

   
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアの赤尾彦作 (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。

©2025 GRAS Group, Inc.RSS