聖ボニファティウスの殉教
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/04/21 06:58 UTC 版)
「フリースラント・フランク戦争」の記事における「聖ボニファティウスの殉教」の解説
最初にフリース人への伝道を行った聖ボニファティウス は754年にわずかな供を連れてフリースラントに赴き、多くの洗礼を行い、フラネカーとフローニンゲンの中間、ドックムにほど近い場所で集団堅信式を開催した。しかし、その場に信者は現れず、代わりにフリース人戦士の集団が現れた。聖ボニファティウスがフリース人の神殿を破壊したことに憤っていた彼らは、老聖職者を刺殺した。ボニファティウスの伝記によれば、フリース人はボニファティウスの荷の中に金や財宝があると思って殺害したが、荷を開けてみるとキリスト教の本しかなく、落胆したという。
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