稲垣精一とは? わかりやすく解説

稲垣精一

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/06/06 08:22 UTC 版)

稲垣 精一(いながき せいいち、1928年(昭和3年)11月25日 - 2017年(平成29年)10月29日[1])は、日本銀行家富士銀行常務を経て肥後銀行頭取、熊本経済同友会代表幹事等を歴任した。

人物

東京商大卒業後、富士銀行入行。35年間の同行時代の内、20年間は資金証券部門に従事した。そして、肥後銀からの招聘の申し入れを受諾。同行に入行した[2]

8年6ヶ月の頭取在任時は、国内外の格付機関よりすべてAレベルの評価を得て、健全経営の伝統を堅持したほか、基幹システムの共同化や新人事制度の導入を果たした。また、経営基盤の強化や体制の整備に取り組んだほか株主や投資家に対するIR活動も開始した[3]

2001年(平成13年)には頭取を勇退し、顧問に退いた。

略歴

  • 1952年(昭和27年) - 東京商科大学(現:一橋大学)卒業後、富士銀行入行。
    • 以降、経理部次長、本店営業部次長、銀座支店長、経理部長、資金証券部長等を歴任する。
  • 1980年(昭和55年) - 取締役資金証券部長委嘱。
  • 1983年(昭和58年) - 常務取締役資金証券部長委嘱。
  • 1987年(昭和62年) - 肥後銀行副頭取。
  • 1993年(平成5年) - 頭取。
  • 2001年(平成13年) - 顧問。
  • 2017年(平成29年) - 死去。

脚注

  1. ^ “元肥後銀行頭取・稲垣精一さん死去”. 朝日新聞. (2017年10月31日). http://www.asahi.com/sp/articles/ASKB066QFKB0TLVB01M.html 2017年11月1日閲覧。 
  2. ^ 月刊金融ジャーナル 1997年3月号
  3. ^ 肥後銀行八十年史 2006年
ビジネス
先代
長野吉彰
肥後銀行頭取
1993年 - 2001年
次代
小栗宏夫




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