神田道夫とは? わかりやすく解説

神田道夫

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/07/05 04:59 UTC 版)

神田 道夫(かんだ みちお、1949年12月 - 2008年2月1日以降)は、日本の元冒険家熱気球による長距離飛行や山越えに挑戦していた。埼玉県比企郡川島町教育委員会職員。

2008年1月31日栃木県から熱気球で太平洋横断を目指したが翌2月1日に消息不明となった。

経歴

28歳の時にテレビで熱気球に魅せられ、29歳の時に熱気球のパイロットの資格を取得する。その後、数百回の飛行を重ね、1984年に中軽量級長距離世界記録を達成したのを始め、同-高度世界記録、同-長距離世界記録、同-滞空時間世界記録などを樹立した。2004年2007年には熱気球による太平洋横断に挑戦したがいずれも成功しなかった。三度目の挑戦で行方不明となり、死亡したものとみられている。

3度目の太平洋横断挑戦と消息不明

2008年1月31日、熱気球「スターライト号」に乗り、単独太平洋横断のため栃木県を出発したが、2月1日を最後に連絡が取れなくなった[1]

11日には神田が最後に連絡を取ったとみられる位置からアメリカ沿岸警備隊が北東に約480キロの海上で筒型の漂流物を見つけたが神田に関係があるかどうか分からなかった。2月16日、アメリカ沿岸警備隊は消息を絶ってから2週間余り経過し、新たな手掛りが見つかる可能性は低いとして捜索の打ち切りを発表した[2]

同年、2004年の太平洋横断挑戦に同行した石川直樹が神田を題材にルポルタージュ『最後の冒険家 太平洋に消えた神田道夫』を執筆、開高健ノンフィクション賞を受賞している。

記録

  • 高度世界記録 12,910m
  • 長距離世界記録 2,366km
  • 滞空時間世界記録 50時間38分

受賞歴

  • 植村直己冒険賞 - 2000年度
  • 国際航空連盟「FAI モンゴルフィエ・ディプロマ」 - 1988年
  • 国際航空連盟「FAI ポールティサンディエ」 - 1997年
  • 日本航空協会「航空スポーツ賞」 - 1984年・1989年・1995年・1998年
  • 日本気球連盟「イカロス賞」 - 1983年・1988年・1994年・1997年

脚注

  1. ^ 熱気球で太平洋横断中の神田さん、連絡とれず”. AFP通信 (2008年2月1日). 2008年2月3日閲覧。
  2. ^ 「戻る希望捨てない」 神田さん捜査打ち切り 家族、仲間らに衝撃”. Web埼玉 (2008年2月17日). 2008年2月18日時点のオリジナルよりアーカイブ。2008年3月17日閲覧。

関連項目

  • 鈴木嘉和 (飛行風船による冒険家)
  • 悪石島 - 2004年に石川直樹と乗っていて、救助後放棄された気球のゴンドラ部分が2008年夏に同島に漂着した。

外部リンク





固有名詞の分類


英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「神田道夫」の関連用語

神田道夫のお隣キーワード
検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



神田道夫のページの著作権
Weblio 辞書 情報提供元は 参加元一覧 にて確認できます。

   
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアの神田道夫 (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。

©2025 GRAS Group, Inc.RSS