相次ぐ離脱表明
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2017/12/29 04:51 UTC 版)
「西濃圏域合併協議会」の記事における「相次ぐ離脱表明」の解説
しかし、合併調印(2004年8月23日)を目前とした2004年8月12日に安八郡安八町が離脱を正式に発表した。10月31日に不破郡垂井町、関ケ原町、安八郡神戸町の3町で合併の是非を問う住民投票を実施、3町とも「大垣市などとの合併に反対」が「賛成」を上回ったため、民意に沿い後日離脱することとなる。 当初の目的である中核市構想が大きく外れてしまったため、事情が変わったことから11月に養老郡養老町が離脱した。養老町の離脱により飛び地が2つになるという事態となったため(安八町の離脱で飛び地を1つ抱える事態となっていた)、それを嫌気した安八郡輪之内町、揖斐郡池田町が離脱した。
※この「相次ぐ離脱表明」の解説は、「西濃圏域合併協議会」の解説の一部です。
「相次ぐ離脱表明」を含む「西濃圏域合併協議会」の記事については、「西濃圏域合併協議会」の概要を参照ください。
- 相次ぐ離脱表明のページへのリンク