甘露寺熙長とは? わかりやすく解説

Weblio 辞書 > 辞書・百科事典 > 百科事典 > 甘露寺熙長の意味・解説 

甘露寺熙長

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/07/29 04:50 UTC 版)

 
甘露寺 熙長
時代 室町時代後期-戦国時代
生誕 天文3年(1534年
死没 天文17年2月17日1548年4月5日
改名 中山宗親→甘露寺熙長
官位 正五位上左少弁
氏族 中山家甘露寺家
父母 父:中山孝親、母:五辻諸仲の娘
養父:甘露寺伊長
兄弟 熙長中山親綱大炊御門経頼
養兄弟:俊長経元正親町公叙室、木造氏
テンプレートを表示

甘露寺 熙長(かんろじ ひろなが)は、室町時代後期から戦国時代にかけての公家権大納言中山孝親の長男。官位正五位上左少弁。初名は宗親(むねちか)。

経歴

権大納言中山孝親の長男として誕生[1]。当初は中山 宗親(なかやま むねちか)と名乗った[1]。のちに権大納言・甘露寺伊長の養子となり甘露寺 熙長(かんろじ ひろなが)に改名する[1]

左衛門佐左少弁正五位上に叙されるが、天文17年(1548年)に家督を継ぐ前に死去した[1]。享年15[1]

熙長の後は、甘露寺経元冷泉為豊の次男)が養子入りし家督を継いだ[1][2]

官歴

系図纂要』による

系譜

『系図纂要』による

脚注

  1. ^ a b c d e f 系図纂要
  2. ^ 公卿補任



英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  
  •  甘露寺熙長のページへのリンク

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「甘露寺熙長」の関連用語

甘露寺熙長のお隣キーワード
検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



甘露寺熙長のページの著作権
Weblio 辞書 情報提供元は 参加元一覧 にて確認できます。

   
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアの甘露寺熙長 (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。

©2025 GRAS Group, Inc.RSS