現地看護婦の養成
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/06/16 08:27 UTC 版)
前身である京釜鉄道時代より、内地の医療組織「同仁会」等の協力を得て主要沿線に嘱託医を擁しており、医師35名を派遣した同仁会の現地医院では韓国医学生、日韓人看護婦及び産婆の養成を行っていた(1907〜10年で平壌同仁医院で日本人5名、朝鮮人8名、安東同仁医院で中国人1名、朝鮮人2名の看護婦を養成した記録がある。)。これら地域での医育事業は同仁会の各病院他、1930年代には京城医学専門学校看護婦養成所などで朝鮮人を含めた医師・看護婦の養成が行われていた。
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