漁翁の正体の暗示
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/11/23 17:17 UTC 版)
僧は、漁師にしては余りに詳しいと不審に思い、漁翁の名を尋ねる。すると、漁翁は、直ちには名乗らないで、姿を消す(中入り)。その際、「よし常の憂き世の」という詞章から、正体が義経であることが暗示される。 シテ〽春の夜の地謡〽潮(うしお)の落つる暁ならば、修羅の時になるべし、その時は、わが名や名乗らん、たとひ名乗らずとも名乗るとも、よし常の憂き世の、夢ばし覚ましたまうなよ、夢ばし覚ましたまふなよ [漁翁]春の夜の――潮が引く明け方となれば、修羅道の苦しみの時となるでしょう。その時には我が名を名乗りましょう。しかしたとえ名乗らなくても名乗ってもどちらでもよい、義経にとっては常につらい憂き世。憂き世の夢を覚まされませんように。
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