滁州の新昌郡
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2017/11/21 06:36 UTC 版)
473年(元徽元年)、南朝宋により秦郡頓丘県・梁郡穀熟県・歴陽郡酇県を分割して、新昌郡が立てられた。この新昌郡は現在の安徽省滁州市一帯に相当し、はじめは徐州に属した。 南朝斉のとき、新昌郡は北徐州に属し、頓丘・穀熟・尉氏の3県を管轄した。 南朝梁のとき、新昌郡は西徐州に転属した。 東魏のとき、新昌郡は譙州に転属し、赤湖・荻港・薄陽・頓丘の4県を管轄した。 552年(天保3年)、北斉により南譙州が立てられると、新昌郡に州治が置かれた。 583年(開皇3年)、隋が郡制を廃すると、新昌郡は廃止されて、滁州に編入された。
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