清河寺とは? わかりやすく解説

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清河寺

読み方:セイガンジ(seiganji)

所在 埼玉県さいたま市西区

地名辞典では2006年8月時点の情報を掲載しています。

〒331-0048  埼玉県さいたま市西区清河寺

清河寺

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/05/04 17:17 UTC 版)

清河寺
所在地 埼玉県さいたま市西区大字清河寺792
位置 北緯35度56分11.1秒 東経139度34分58.1秒 / 北緯35.936417度 東経139.582806度 / 35.936417; 139.582806座標: 北緯35度56分11.1秒 東経139度34分58.1秒 / 北緯35.936417度 東経139.582806度 / 35.936417; 139.582806
山号 大龍山
宗派 臨済宗円覚寺派
本尊 釈迦如来
創建年 正平15年(1360年
開基 足利基氏
法人番号 1030005000306
清河寺
清河寺 (埼玉県)
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清河寺の大ケヤキ

清河寺(せいがんじ)は、埼玉県さいたま市西区にある臨済宗円覚寺派寺院

歴史

1360年正平15年)、初代鎌倉公方足利基氏の開基である。父の室町幕府初代将軍足利尊氏が存命だった頃、基氏は大病に罹ってしまった。ある夜、基氏は亡兄の竹若丸に出会って清水をかけられる夢を見た。その後基氏は快癒した。基氏は竹若丸に感謝して寺を創建することになった。夢では、竹若丸は大龍に乗って現れたことから、山号は「大龍山」となっている[1]

その後も、曽孫の第4代鎌倉公方足利持氏にも信仰され、応永年間(1394年 - 1428年)には足利家祈願所になっている[1]

その後の鎌倉公方家の衰退もあって寺運衰微したが、1591年天正19年)に関東地方の新領主となった徳川家康により寺領が与えられ、再興された[1]

清河寺の大ケヤキ

当寺から南東に少し離れた場所に 「清河寺の大ケヤキ」(県指定天然記念物)がある[2]。高さ13メートル、幹回り8.5メートルの巨樹である[3]。このケヤキはもとは神明社の御神木として大切にされてきた木である[3]

交通アクセス

脚注

  1. ^ a b c 埼玉県佛教会 監修『埼玉のお寺 埼玉県寺院全集』千秋社、2001年、112p
  2. ^ 文化財紹介 清河寺の大ケヤキ”. さいたま市 (2020年6月24日). 2022年11月26日閲覧。
  3. ^ a b さいたま市西区 文化財ガイドブック 第五版(p.43) さいたま市西区役所、2024年3月。

参考文献

  • 埼玉県佛教会 監修『埼玉のお寺 埼玉県寺院全集』千秋社、2001年


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