海軍所の終焉とその後
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/03/25 23:39 UTC 版)
「三重津海軍所」の記事における「海軍所の終焉とその後」の解説
三重津海軍所の閉鎖された年代は明らかではないが、1867年(慶応3年)に戊辰戦争に出兵する藩兵の乗船地になったとの記録が残っている。1871年(明治4年)には鍋島直正遺髪が「三重津」に到着、佐賀城に移送された記録がある。海軍所廃止後は1902年(明治35年)に佐賀郡立海員養成学校が設立され、佐賀郡立甲種商船学校、佐賀県立佐賀商船学校を経て1910年(明治43年)に佐賀商船学校となった。佐賀商船学校は1933年(昭和8年)に閉校(佐賀商船学校の機材類は現在の国立唐津海上技術学校に移管されたといわれる)するまで同地域の海員養成学校として多くの卒業生(800人以上)を海運業界へ輩出した。
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