楊乃時とは? わかりやすく解説

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楊乃時

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/05/24 00:17 UTC 版)

楊乃時
今村俊三ほか『満洲国人傑紹介号』(1936年)
プロフィール
出生: 1888年光緒14年)1月[1][2][3][4]
死去: 没年不詳
出身地: 盛京将軍管轄区遼中県[1][2][3]
職業: 官僚・医師
各種表記
繁体字 楊乃時
簡体字 杨乃时
拼音 Yáng Nǎishí
ラテン字 Yang Nai-shih
和名表記: よう ないじ/よう だいじ
発音転記: ヤン・ナイシー
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楊 乃時(よう ないじ/よう だいじ、1888年1月[4] – 没年不詳)は、中華民国満洲国の官僚。別号は雪門[2]

事績

奉天法政専門学校を卒業。中華民国時代は奉天高等審判長主任書記官、松北市政局鉄路専員、黒竜江省鶴崗県煤鉱公司工務科長、黒竜江省官銀号稽核呼海鉄路公司秘書を歴任した[3]

1932年大同元年)の満洲国建国前後に黒竜江省財政庁秘書となる。同年8月に竜江県長となり、その後にチチハル市長に起用される。1938年康徳5年)7月、竜江省民生庁長となり、翌1939年(康徳6年)4月、吉林省税務監督署長に移る。その後、地政総局長に任命され[1]1943年康徳10年)9月13日、通化省長に移り[5]、満洲国崩壊までつとめた。

満洲国崩壊後における楊乃時の行方は不詳となっている。

脚注

出典

  1. ^ a b c 満蒙資料協会編(1943)、1308頁。
  2. ^ a b c 尾崎監修(1940)、40頁。
  3. ^ a b c 帝国秘密探偵社編(1943)、「満洲」311頁。
  4. ^ a b 帝国秘密探偵社編(1943)は「光緒8年(1882年)」生まれとしているが、満蒙資料協会編(1943)と尾崎監修(1940)に従う。
  5. ^ 満洲国史編纂委員会編(1956)、169頁。

参考文献

  • 満蒙資料協会編『満洲紳士録 第四版』満蒙資料協会、1943年。 
  • 帝国秘密探偵社編『大衆人事録 第十四版 外地・満支・海外篇』帝国秘密探偵社、1943年。 
  • 尾崎秀実監修「アジア人名辞典」『アジア問題講座 12』創元社、1940年。 
  • 満洲国史編纂委員会編『満洲国年表 本編』満蒙同胞援護会、1956年。 
  • 劉寿林ほか編『民国職官年表』中華書局、1995年。ISBN 7-101-01320-1 
  満州国
先代
姜全我
通化省長
1943年9月13日 - 1945年8月18日
次代
(廃止)



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