桂元貞とは? わかりやすく解説

Weblio 辞書 > 辞書・百科事典 > 百科事典 > 桂元貞の意味・解説 

桂元貞

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/02/11 04:33 UTC 版)

 
桂 元貞
時代 戦国時代 - 安土桃山時代
生誕 不詳
死没 天正3年3月13日1575年4月23日
戒名 寿胤宗舜[1]、または、孝胤宗舜[2]
官位 左近大夫[1]大和守[1]
主君 毛利元就吉川元春
氏族 大江姓毛利氏庶流桂氏
父母 父:桂元澄[3]、母:福原広俊の娘[3]
兄弟 元延[3]元貞元親[3]景信[3]、相琳妙悟(冷泉元豊室)[1][3]広繁[3]元盛[3]元時[3]
正室:吉川経世の娘[1]
経貞[2]、春房[2]、春忠[2]、春貞[2]
テンプレートを表示

桂 元貞(かつら もとさだ)は、戦国時代から安土桃山時代にかけての武将毛利氏吉川氏の家臣。父は桂元澄[3]。子は桂経貞[2]、桂春房[2]、桂春忠[2]、桂春貞[2]。官途名は左近大夫[1][3]大和守[1]

生涯

毛利氏庶流の重臣である桂元澄の次男として生まれる[1][3]

天文17年(1548年)3月、吉川氏を相続する吉川元春に仕えることとなる[2]

永禄12年(1569年)の立花城の戦いに従軍[4]。同年5月8日に松尾において中間衆の三郎二郎が敵兵1人を鉄砲で討ち取ったことを確認し、閏5月28日付けの「筑前国立花城合戦敵射伏人数注文」において証言している[4]

天正3年(1575年3月13日に死去[2]。嫡男の桂経貞が後を継いだ[2]

系譜

脚注

注釈

出典

  1. ^ a b c d e f g h i j 長州藩士桂家文書 1979, p. 49.
  2. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q 長州藩士桂家文書 1979, p. 58.
  3. ^ a b c d e f g h i j k l 近世防長諸家系図綜覧 1966, p. 161.
  4. ^ a b 『吉川家文書』第513号、永禄12年(1569年)閏5月28日付け、筑前國立花城合戰敵射伏人數注文。

参考文献




英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  
  •  桂元貞のページへのリンク

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「桂元貞」の関連用語

1
6% |||||

2
6% |||||

3
2% |||||

桂元貞のお隣キーワード
検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



桂元貞のページの著作権
Weblio 辞書 情報提供元は 参加元一覧 にて確認できます。

   
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアの桂元貞 (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。

©2025 GRAS Group, Inc.RSS