松平親光とは? わかりやすく解説

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松平親光

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/01/22 23:31 UTC 版)

松平 親光(まつだいら ちかみつ、生没年不詳)は、戦国時代三河国の武将。松平親忠の子とされ[1]西福釜松平家の始祖になったという。通称は刑部[1]

記録

寛永諸家系図伝』(以下『寛永系図』)[2]、およびこれを引き継いだ『寛政重修諸家譜』(以下『寛政譜』)の「松平諸流略図」では、松平親忠の六男として掲出されており、子として松平親良・松平信乗を載せる[1]

『寛政譜』編纂時に末裔から提出された系譜(呈譜)では、以下のように記録されている。祖先の松平親光(甚三郎、刑部丞)は松平親忠の四男で、福釜(現在の愛知県安城市福釜町付近)のうち西端・榎前・赤松・中・和泉の5か村を与えられて「西福釜の松平」を称した[3]。親光は享禄3年(1530年)の宇利城攻めで深手を負い、享禄3年(1530年)12月28日に福釜で死去した[3]。法名は光忠で、大樹寺に葬られたという[3]

ただし、『寛政譜』の按文では呈譜が伝える親光の事績や西福釜家の伝承についてさまざまな疑義を挙げており、親光が宇利城の戦いの戦傷によって死去したということも、福釜松平家松平親次の事績と混同したものではないかとする[3]。また、そもそも西福釜家の祖が「松平親忠の子・親光」ではなく、福釜松平家の松平親盛の末子・松平親長(甚三郎)という人物であるという系譜もあることを記している[3]。松平親光の子が親長であるとする説もあるという[3]

また、 鴛鴨 おしかも松平家と呼ばれる系統も親光の子孫を称している。応仁2年(1468年)に岩津城主松平信光矢作川の対岸に位置する鴛鴨城(現在の豊田市鴛鴨町)を攻略した際に、子の親光を城主として入れたという[4]

『東栄鑑』は信頼度の低い文献であるが[注釈 1]、それによれば文亀元年(1501年)の今川軍勢の侵入に際して、岩津城主の松平常蓮や松平長則(岩津松平家参照)とともに松平親光(刑部丞)らが対処にあたったとの記載がある[6]

系譜

寛政重修諸家譜』「松平諸流略図」による[1]

  • 父:松平親忠
  • 妻:某氏女
    • 長男:松平親良(兵庫入道)
    • 次男:松平信乗(三郎次郎)

「松平諸流略図」では、親光の子の代で系図が終わっている。

『寛政譜』編纂時の西福釜松平家からの呈譜では、親光の子として信乗を挙げ、信乗の子として生まれたのが親良である(松平広忠の落胤と示唆する)とする[3]

脚注

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注釈

  1. ^ 『東栄鑑』には「偽書と言われる類」という評価があり[5]。系譜研究家の宝賀寿男も「どの程度信頼がおける記述かどうかが不明であるが」と前置きをしている[6]

出典

  1. ^ a b c d e 『寛政重修諸家譜』巻第二「松平諸流略図」、国民図書版『寛政重修諸家譜 第一輯』p.15
  2. ^ 『寛永諸家系図伝』「新田嫡流得河松平家」、刊本『寛永諸家系図伝 1』p.103
  3. ^ a b c d e f g h 『寛政重修諸家譜』巻第四十四「松平」、国民図書版『寛政重修諸家譜 第一輯』p.226
  4. ^ 鴛鴨城址”. まいぷれ. 株式会社フューチャーリンクネットワーク. 2021年5月27日閲覧。鴛鴨城跡に豊田市の地域組織「末野原地域会議」によって設置された看板の文面が示されている。
  5. ^ 朝野旧聞【ホウ】藁”. 早稲田大学図書館. 2022年10月4日閲覧。
  6. ^ a b 宝賀寿男. “松平長忠と小豆坂合戦”. 2022年10月4日閲覧。

参考文献

  • 『寛政重修諸家譜』巻第二「松平諸流略図」
    • 『寛政重修諸家譜 第一輯』(国民図書、1922年) NDLJP:1082717/17
  • 『寛政重修諸家譜』巻第四十四「松平」
    • 『寛政重修諸家譜 第一輯』(国民図書、1922年) NDLJP:1082717/123

外部リンク

 




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